同じ小説は一つとして作られない

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同じ小説は一つとして作られない

 要素指定コースの画面に目を落としたシオリは、ふと疑問が湧いてきた。過去に指定した要素の組み合わせと全く同じ組み合わせを指定するとどうなるのかと。  同一の登場人物に同一ストーリー展開というひどい結果になることはおそらくないだろうが、かなり似通ったお話になるのだろうか。  彼女の心の中で、それを試してみようという気持ちと、ガッカリする結果になったらイヤだなぁという気持ちが綱引きを始めて、右手の人差し指がスマホの画面の上で上下する。  結局、少しずつ違う要素を選択することで確実に新刊本の内容が変わるようにし、それらを自分の本棚に収めていったのだが、最後になってこの安全サイドに立つ考えを好奇心が押さえ込んだ。一度でいいから、直前に指定したものと全く同じ要素の組み合わせにしてみようと考えたのだ。  そうして出来上がった小説を読んだ彼女は、度肝を抜かれてしまった。同じ要素の組み合わせにもかかわらず、登場人物の名前も性格もストーリー展開もまるで違う作品が書き上げられたのだ。もちろん、指定した要素は全て入っている。チョロッと要素の単語だけ物語の中に挿入して、入ったことにしておけなんて露骨な手抜きをAIはしていない。  これで、はっきりした。指定された要素の組み合わせが全く同じでも、内容が異なる小説が書き上がるのだ。  同じ小説は一つとして作られない。ということは、大袈裟かも知れないが、これは無限に作られると言ってもよいだろう。  考えてみれば、商売をする以上、これは当たり前である。なぜなら、衝立に囲まれた会員は、他人がどんな要素の組み合わせを指定したかなんて知ることは出来ず、重複しないように選択することなど不可能だからだ。同じ要素の組み合わせがバッティングして、それで同じ小説が出来上がったら、「コピペで手を抜くな」「コーヒー代を返せ」となる。  注文を受けて、それこそ無限の数の小説を執筆し、客に提供する書店。  驚きのあまり言葉が出ないシオリは、イケメン店員のセバス君が横を静かに通り過ぎようとしているのに気づいた。彼女は、素晴らしい作品を提供してくれるお店への感謝の言葉をどうしても伝えたくなって、反射的に彼を呼び止めた。
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