初体験

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初体験

 何を注文するかは、決まっていた。ミキが「恋愛の短編」と例を出した後、自分なら「現代日本を舞台にした恋愛小説」にすると言葉を返しているから、いまさら恋愛以外のを選択するとツッコミが入るのは間違いないだろう。なので、恋愛物、それもすぐに読めて評価がし易い短編にした。ミキから「真似した」と言われるかも知れないが、「最初にそう言ったからお勧めかと思った」と切り返そう。  シオリがそう考えて、3タッチで注文すると、ミキがニヤニヤしている。 「短編の恋愛物にしたでしょう?」  図星だ。読心術でも心得ているのか、はてまた、実は超能力者か。 「ミキは何にしたの?」 「質問に答えてない」 「したよ。『恋愛の短編』の例を出したからお勧めかと――」 「意外に優柔不断」 「ねえ、何にしたの?」 「SFの短編」 「SFか……」 「何、ガッカリして。……ああ、同時に同じ選択をしたら何が出てくるか、知りたかった? それとも、読み終わった後、スマホ交換して互いのを読みたかったとか?」  その手があったか。二人で来ると、二倍読める。お金の節約にもなる。ただし、何でもOKなミキみたいにならないと、読む気にならないタイトルの小説と交換することもあり得る。 「別に。……でも、交換するってありだね」 「異能力バトルでも読む?」 「読まない」  それから二人が雑談をしているうちに、セバス君がケーキセットを一人分持ってきた。さすがにトレイに二人分を乗せて持てないのか、両手で二つの皿を持っている。アンドロイドが運んでいるかと思うと危なっかしくて、つい手が伸びてしまいそうだ。  彼は、ミキの前に皿をゆっくりと置いた。テーブルに置く際に慎重な手つきで震えたらしく、カップがわずかに揺れていた。なので、無事に置かれるとホッとする。 「おっ、進捗率90%。そろそろだね」  スマホの画面を覗いたミキが声を上げる。シオリも自分の画面を覗くと、プログレスバーが表示されていて80%だった。自分の選択が遅かったので、もしかすると、ミキと同時に注文したら、同時に読み始めることが出来たのかも知れない。  少し経って、セバス君が衝立から顔を出すシオリの方に向かってセットを運んでやってきた。頭を引っ込めたシオリの前にチーズケーキとダージリンが静かに置かれる。シオリは、目の前でカップが微かにでも揺れると思わず手が伸びてしまいそうになるが、失礼かと思い、ジッと見守った。 「あ、ありがとうございます」  無事に置かれて、つい、口からお礼の言葉が漏れる。 「どうぞ、ごゆっくり」 「は、はい」  セバス君の笑顔は、シオリの鼓動を高鳴らせる。からかわれるかと思って、ミキの方を一瞥すると、スマホの画面を顔に近づけて食い入るように読んでいる。シオリは安堵し、自分のスマホの画面を見た。  完了の表示が出ていて、「OK」ボタンを押すように促されている。彼女はダージリンの香りを鼻腔に満たした後、画面をゆっくりとタップした。
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