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注文を受けて新作本を書く作者の正体
「あのー」
シオリの声にセバス君が立ち止まり、「はい」と言って彼女の方へ笑顔を向けた。手に何も持っていないので、店内を見回りでもしていたのだろうか。
彼女は、彼の素敵な笑顔にキュンとくる。瞬きしないで立っていると人間味がないが、こういう仕草を見せてくれる時はアンドロイドであることを忘れてしまう。
「初めて利用させていただきましたが、驚くことばかりです。本も面白くて、凄く楽しいです」
そう言いながら、心の中には、急に何を言い始めるのだろうとセバス君の視点で見ている自分がいる。みるみる顔が火照ってきたシオリは、ミキのニヤけ顔を見て恥ずかしさが倍加し、身もだえするように体をねじらせ、両手で頬を扇ぐ。
「ありがとうございます」
セバス君は一層爽やかな笑顔を見せたので、シオリは心臓を射貫かれた気分になり、左胸に手を当てた。しばし無言の彼女を見つめていた彼は、軽く一礼して立ち去ろうとする。もう少し話をしたいが何を言っていいのか迷うシオリは、
「こんなに次から次と新作を書き上げるのは、大変でしょうねぇ」
と、咄嗟に思いつきの言葉を口にした。これには主語が抜けているが、彼女は「AIが」のつもりだった。ミキが「大変っていうけど、書いてるのは機械だろ」と茶化すが、耳まで赤くなったシオリは、セバス君に見つめられて聞こえていない。
「いえ。お客様にお飲み物を運んでいても、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのか理解できないシオリは、小首を傾げ、「大丈夫って?」と問いかける。
「お客様の小説の注文を受けて、書きながらお飲み物を運ぶことです」
シオリは、目を丸くした。
「えええええっ?? 書いているのは……もしかして、あなたなのですか!?」
「はい。お客様がスマホでご注文なさると、そのオーダーが無線でつながっている私の所に届きます。私が書き上げると、それをお客様の仮想的な本棚へ格納した旨をスマホに返します。同時に何冊も書けますし、その間にお茶とケーキを運ぶことが可能です」
「あ、あ、あの……」
「何でしょうか?」
「あなたは、歩くサーバーなのですか?」
「そうとも言えます。サーバーでもあり、給仕も務めている作家とも言えます」
シオリは愕然とし、卒倒しかけた。少し前に、彼がサーバーに思えたのだが、その冗談みたいな発想はすぐに打ち消した。でも、それは事実だったのだ。
彼はこの店で、会員登録をし、お茶やケーキを運ぶだけの店員ではなかった。彼自身が小説を書き、それを保管する。つまり、作家もサーバーの役目も一手に引き受けていたのだ。
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