金曜日のハイヒール

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「あ~!もうやだ疲れた~!」  佐々木奈緒は腕を垂らし、背中をのけぞらせた。固まった腕や首がペキペキと小さく鳴り、デスクチェアの背もたれもギイと低い音を立てた。大きくため息をつくと、同期の中根悠斗が隣の席でふふと笑う。 「佐々木さん、まだ十一時」 「十一時でも疲れたんですよ~。つらい日は朝から晩までしんどいじゃないですか」 「それは確かに」 「あー、ほんといいことないわー」  事務職も楽ではない。入社三年目ともなれば、仕事の能力向上と比例して体の疲労も積み重なってくる。日々の業務は慣れれば楽になるが疲労感はそうもいかないのが困ったところだ。ぐったりと首を曲げれば、ミシミシときしむ音が聞こえる。 「まあまあ。今日、花金だし。あとちょっとですよ」  仕事の手を止めて取り成す中根の言葉に、佐々木はぐいっと体を跳ね上げた。 「それ!ついに来たわ、花の金曜日。この前可愛いハイヒールすっごい安く買ったの。ゴールドがキレイなの。今日仕事終わったら初めて履くんですよ。ほんと楽しみ!」  先程までの暗い顔が嘘のように、佐々木が顔を輝かせる。私服通勤の職場で履くこともできたのを、わざわざ今日まで取っておいたのだ。 「いいこと全然あるじゃないですか。俺も飲みにいこうかなー」  笑ってパソコンの画面に視線を戻した中根の横顔を、佐々木はちらりと盗み見た。流行りの黒髪で周囲に溶け込んでいるが、よく見ると中根はかなり顔がいいのだ。友達がはまっている韓流アイドル系の顔に近いものがある。「飲みにいく」って合コンかな、と、一人で飲み屋をはしごする予定の佐々木は少し思った。
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