金曜日のハイヒール

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 カツンカツンとコンクリートを軽やかに打ち鳴らすと、その度に心も軽くなるような気がする。佐々木はおろした髪とワンピースの裾をなびかせ、颯爽と歩いていた。靴は楽しみにしていたゴールドのハイヒールだ。すでに立ち飲み屋を二軒回り、ぽかぽかと頬が上気してきている。酒の力で気が大きくなり、自然と歩幅も広がる。  足を大きく動かし、ぐんぐんと進んでいく。駅近くの大通りらしく、ライトアップされてきらきら輝くショーウインドウが視界を流れていく。  そのうちの一つ、交差点の向こうの店に好みの服を見つけた佐々木は急ブレーキをかけた。暖かみのあるシャンパンゴールドにライトアップされたガラス越しの空間を、フルコーディネートのマネキンが一体で飾っている。羽を伸ばすようなやわらかいポージングに沿って、スカートの裾がとろりと広がっていた。 「……かわいい」 勢いを殺しきれないまま、気持ちのままにむりやり踵を返した。足首に重い負荷がかかったのは感じたが、それを無視したのがいけなかった。瞬間、バキン、と鈍い音がしてバランスを崩し、佐々木は思い切り尻餅をついた。 「いっ……!」  火花が出たかと思った。したたかに尻を打ち付け、涙と嫌な汗が出た。頭が真っ白になり、声も出せずにうずくまる。必死で痛みに耐えていると、革靴の集団がわざとらしいほど大きく避けて通り過ぎて行った。派手な嘲笑こそされなかったが、ちらりと目を上げると、男が背広の肩パッドを不格好に盛り上げて肩を竦めているのが見える。 「す、すきで座ってるわけじゃないわ……」  小さく呟くと、意識が少し逸れたせいもあってか、だんだんと痛みが引いてきた。なんでこんなことに、と足元を見ると、左足のヒールがぽっきりと折れて無くなっていた。
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