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第一章～大魔界の夜襲～
長月に入り、初秋の清涼なよかぜが季節のかわり目を感じさせる。
時は夜半をすぎ、月界の都「シャンバラ」は、おだやかな静寂に包まれていた。
このような夜は、シャンバラを見おろす月天山の木々たちですら眠りについているだろう。
だが、この夜ふけにもかかわらず、活動を続けている者たちがいた。この月界を治め、「月宮の館」に住む月宮家の巫女たちである。
そのひとりは本の虫だった。彼女はいまも時の流れを忘れて、月界の歴史書を読んでいる。
その容姿を人間の価値観でみれば、十六歳というところだろう。
少女ながらに神秘的なものを感じるいっぽうで、どこか抜けているようにもみえる。
彼女の名は入里夜といった。
みためや精神年齢は少女だが月の時間は悠久であり、彼女たちは不老の身だった。
あえて人間界の基準で彼女の歳をはかれば、五百歳といったところになろう。
彼女は異性であれば注目するほどの容姿端麗だが、それ以上にみる者の目をひくのは彼女のもつ美しい髪にほかならない。
身長ほどはあろうかと思われる長髪で、綺麗な桃の色をしている。
絹にもにた手触りは、まさに息をのむものだった。
そして、兎のたれ耳を思わせるツインテールをしている。が、これは自らそうまとめているのではなく、その身に宿る魔力ゆえだという。
少女は、時おり髪をいじりながら、燭台のわずかな明かりをたよりに木製の机に向かい、書物に溶けこんでいる。
彼女の空のように青く澄んだ瞳は、月界の歴史書に興味の視線を落としていた。
ふいに部屋の引き戸が静かにひらいて、ひとりの女性が入室した。
入ってきた彼女は、容姿・髪型ともに入里夜と瓜ふたつだが、少女と比較してやや大人げである。
さらにツインテールが入里夜より長く、形が独特であるため見わけはついた。
入里夜は書物に溶けこんでいて、部屋のとびらが静かに開いたため人が入ってきたことに気づいていない。
「入里夜、おそくなってごめんね。まだ起きていたの？」
部屋に入ってきた女性が、入里夜に声をかけた。
彼女の名は暦といい、「大巫女」という呼称で呼ばれることもある。
「大巫女」とは、この世界における至高の存在。ほかの世界でいえば王や皇帝にあたる唯一無二の存在。
入里夜は母の登場で少しびくっとした。
「もう～お母さん、驚かさないでよ」
「あっ、また時間を忘れて書物を読んでいたのね。勉強熱心なのはいいけれど、体のことも考えるのよ？」
「はあ～い……」
入里夜は少し不本意げに言葉をかえした。彼女としては、いますこし読書に励みたかったのである。
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