第三章~黄道十二聖龍~

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「黄道……」 「十二聖龍――だと?」  ケルトと雷羅が目を見開くと、入里夜がまだ少し痛む腹を支えながら聞く。 「黄道って、あの黄道?」 「多分な。ホロスコープスってところで確定だろう。……あいつは、龍我さまと並ぶ龍の力と、黄道十二星座の何かにあやかった力を持つってことだな」  オウカが恋人に答えると、レオドールが肯定した。 「そうだ。我らは、まもなく果たされる偉大なる(あるじ)復活のため、それに向けて準備を進める。そのために生み出されしもの。  我が身に授けられしは、猛々しい獅子の輝き。この爪と牙は、主にあだなす全てを引き裂き、噛み砕く」 「なるほどな。それでか。で、お前の主とやらは誰だ?」  雷羅が龍の眼となって問うと、 「貴様らごときに応える必要はない。その理由はひとつ。……そこにいる二匹の巫女以外は、まもなくこの場で死に絶えるからだ」  レオドールは、当然のごとくそう言ってのけた。  それが決定的な一投となり、ケルトたち男三人は、入里夜と梓を守るように身構える。 「てめえ! さっきふたりを攫いに来た、とか抜かしたな。梓ちゃんと俺の入里夜になんの用だ! 何があろうと、ぜってえ二人は渡さんぞ」  オウカの全身から、うぐいす色の凄まじい魔力がほとばしり、ケルトと雷羅も彼に倣って魔力を最大開放した。 「オウカさまのおっしゃる通り、入里夜さまと梓さまを狙っての襲撃だとすれば、おふたりにはこれ以上、指の一本も触れさせぬ」 「ああ、当然だ」  と、三人が改めて武装を整えるなか――。 「貴様らの意見など求めておらぬ。死ねぃ!」 「――っ! みんな、来るよ!」  入里夜が叫ぶと同時、レオドールが動いた。両腕を再びクロスしたかと思うと、全身に凄まじい力を込め、両腕を開くと同時に。 「グオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼」  容赦なく天地をゆるがす、凄まじい咆哮が発せられた。 「「きゃああああああああああああ!」」 「「「うおわああああああああああッ!」」」  咆哮に、金色(こんじき)の恐ろしい衝撃波が融合し、それがものすごい速度で入里夜たちを襲う。  強烈な魔力による衝撃波によって大地が爆ぜ、それに巻き込まれた五人が、枯れ草も同様に舞い上げられた。  レオドールの咆哮はおよそ五十キロ先にまで届き、それが駆け抜けた草原の部分だけ、黒い一直線が引かれたのだ。  余波で周囲の木が根元から吹き飛び、魔獣や鳥類が一斉に逃げ去っていく。  草原に発生した白煙が収まったとき、入里夜たち五人は散り散りになり、大地に伏していた。 「ふん、これしきの攻撃ですらこの有様。こやつらごときに倒されたサタンという奴は、よほど脆弱だったのだな」  レオドールは吐き捨てるように言うと、両手の武装を解き、歩き始めた。その先には、必死に立とうとしている入里夜がいる。 「う……ぐう、入里夜、逃げろ」「――入里夜、さま!」「くそ、入里夜ちゃん!」  オウカ、ケルト、雷羅が何とか巫女のもとへ行こうとするが、とても立てる状態ではない。  レオドールは入里夜に近づくと、必死に這って逃げようとする彼女の後ろ髪を掴み、強引に立たせた。 「きゃっ! 痛い、やめてえ!」  涙目になり、男の腕を自分の後頭部から離そうとする入里夜を、レオドールはさらに持ち上げ、少女の顔を覗き込む。 「貴様か、入里夜と申す運命の巫女は。ほう……確かに、凄まじい魔力だ。これは良き魔力炉になる」  男はそう言って暴れる巫女を右肩に担ごうとし、 「やめなさいっ!」 「ん?」  その瞬間、レオドールの首を狙って鋭い斬撃が迫った。  それは、姉を乱暴に扱われ、激しい怒りを抱く梓の一撃である。  レオドールはスッと身をひねり、彼女の攻撃を交わす。 「物分かりが良いな。これからお前を拾いに行く手間が省けたぞ」 「――っ! 私はモノじゃないっ、姉さんを返せ!『月宮・お色直し(ドレスアップ)』!」  激しく相手を睨みつつ、梓は頭上に宝刀で光の真円を描いた。  まもなく、真円から光が差し込み、梓は戦闘巫女服を身に纏う。 「ほう、転身魔法か。では話に聞いていたことは誠だったわけだ。月宮の巫女は、命護龍との契約により、普段から魔力を抑制している、と」 「……どうして、貴方がそれを?」  レオドールとの間合いをわずかに縮めつつ、梓が警戒しながら聞いた。 「くくく、知っているとも。全知全能である我が(あるじ)の記憶を引く我らに、知り得ぬことなど無い」 「とにかく、入里夜姉さんを返してもらうわ!」  鋭いひと言と同時に、霜月の巫女が敵の頭上から斬りかかる。レオドールは何もせず、ただ左腕を頭上にかざして攻撃を受け止めた。 「――⁉」  梓は美しい桃色の瞳を大きく見開き、驚きもあわらに飛びすさって敵と距離を置く。 「うそ、私の斬撃が効かないっていうの?」  切れ味鋭い宝刀の刃に、霜の刃でさらなる強化を施した斬撃。それを腕一本で受けて、レオドールは、血の一滴も出さなかったのだ。 「を斬撃などと呼称している時点で、お前には、万に一つも我に勝つ見込みはない。そうわからぬか」 「くっ! そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ!」  梓は魔力を宝刀に込め、舞の態勢に入った。彼女の周囲に木枯らしが吹き荒れ、それを纏って、激しくも美しい舞を舞う。 「レオドール! 今度こそ、姉さんは返してもらうわよ!」 「それがお前の神楽か。だが、このままでは大事な姉を巻き込むぞ」  レオドールが肩に担ぐ少女の頭を掴んで言うが、梓は気にしていない。そして入里夜も、何とか逃れようともがきながらうなずいて見せた。 「梓、思いっきりやっちゃって!」 「ええ!」 「……成る程。そうか、お前たち姉妹は、互いの攻撃を受けないのだな」  これまた敵に事実を言い当てられ、内心恐怖した巫女たちだが、それを知られたところで問題はない。  やがて激しい冷気がレオドールの足もとに吹き付け、男の両足は固まってしまった。 「覚悟しなさい!」  梓が宝刀を縦に振り下ろすと、レオドールの頭上に、霜で創られた巨大な山茶花(さざんか)が現れ、そのまま落下して男を閉じ込める。 「これで決める! 『凍霜山茶花乱舞・裂華一閃(とうしょうさざんからんぶ・れっかいっせん)』!」  詠唱とともに梓が宝刀を構え、霜の山茶花に捕らわれた敵に斬りかかった。のだが。  その瞬間、バリンと音を立てて白い霜の花は砕け、レオドールに最接近していた梓は、空いていた彼の左手によって捕らわれていた。
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