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「――うぐっ! ……うそ、でしょ。あ、かはっ!」
「いやあ、梓ぁ!」
目の前で、愛する妹が首を締め上げられる光景を見せられ、入里夜が叫ぶ。
レオドールは、霜の中から脱出しただけでなく、完璧なタイミングで梓の首を掴み、彼女の舞を完封して見せた。
「どうした、そんなものか? この程度の力で、状況を打開できるとでも思ったのか、梓とやら」
「……う……はな……じてえ……」
レオドールは、脚をばたつかせて苦しむ少女を持ち上げ、気道をさらに押さえつける。
「……あ……ぐうう……ね、姉さん、助け……てえ」
「あああっ! やめて、やめてってばあ! 梓を放してえ!」
妹が涙を流して痙攣するのを見て、肩に担がれたままの入里夜が泣きながら暴れた。
だが、無慈悲な男は入里夜に構わず、もがき続ける霜月の巫女が、激しい痙攣とともに動かなくなるまで、彼女の細い首を絞め続けた。
梓の両うでがだらり垂れ下がり、その左手から宝刀がぽろりと落ちたところで、レオドールはようやく彼女を開放し、どさりと足元に落とした。
解放される同時に意識を取り戻し、激しくむせる梓。
「うう……こ、このっ!」
涙目になりながらもどうにか立ち上がり、宝刀を構えようとした梓の腹に、ドンという重々しい音を伴い、強靭なレオドールの拳が叩き込まれた。
「いやあっ!」
入里夜がビクッとして声を上げるなか、彼女の妹は、無言のうちに再び宝刀を取り落とす。
梓の着ていた戦闘巫女服が、光に包まれて解除され、そのままレオドールの足もとに倒れこんだ。
「ふん、脆弱な巫女だ」
「うわああん! あずさ、あずさぁ! しっかりしてよお――かっ⁉」
倒れこんだ妹に向けて、必死に手を伸ばす入里夜だが、ふとみぞおち辺りに耐えがたい衝撃を感じ、それきり意識を失う。
彼女の胸を左手で下から突き上げ、気絶させたレオドールは、入里夜を梓の横にどさりと降ろすと、凄まじい激情にあふれる魔力を噴き上げる三人に向き直った。
「あとは、不要なお前たちを殺すのみ」
「……貴様、許さんぞ」
「うむ」
静かだが、これまでとは比較しようもない怒りに身を震わせる雷羅とケルト。
だか彼らに先立ち、怒りの沸点を飛び越えた精霊族の少年が、翼を開いてレオドールに迫った。
「――き、貴様ああああああああああああっ‼」
「あっ!」「オウカさま!」
雷羅とケルトがむしろ冷静になり、彼を止めようとしたが、オウカはすでに敵の頭上に迫っている。
「よくも……よくも入里夜と梓ちゃんを! ――許せんっ‼」
「そうか、では失せろ」
「「「――⁉」」」
レオドールの冷めたひと言とともに、彼の爪がオウカの胸を切り裂いた。
精霊族の少年が間一髪のところで身核を逸らしたため、致命傷とはならなかったが、大量出血とともに、オウカは倒れこんだ。
「オ、オウカさまあ!」
「く、なんてことだ」
蹴り飛ばされた少年に、ケルトと雷羅が駆け寄り、すぐさま回復魔法をかける。
しかし同時に、レオドールの左手が彼らに向けられていた。
ふと顔を上げ、それに気づいた雷羅が親友に叫ぶ。
「おいケルト! ヤバいぞ!」
「――な、まずい!『天使の防壁』、緊急展開!」
ケルトが銀の両翼を開き、雷羅とオウカの前に立つと。金の魔力が天使の右手からあふれ出し、全長二十メートルはある光の天使となった。
その天使が三人を守るように覆いかぶさる。
「ふ、無駄だ。龍属性は、天使族に強い。……だが、そんなことがなくとも、我らの力には抗えぬと知るがよい! 『無慈悲なる龍の咆哮』」
レオドールの左手に、黒い稲妻を帯びた同色の魔方陣が展開され、そこから黒い光球が放たれた。
それは空中で爆ぜ、そのために生じた黒煙の中から、八体の黒龍が現れる。
「さあ、奴らに――死を」
レオドールが左手の指を鳴らすと、四体の黒龍が屈みこんでいる光の天使に噛みつき、乱暴に食いちぎっていく。
そしてそれに構うことなく、残る四体が、四方から黒い衝撃波を伴う咆哮を放った。
その中心部では、ケルトが必死に光の天使を維持させようと努力している。
「ぬ、ぐううう! まずい!」
「くそ、この場にヴァンドールとフェルメールを召喚はできるが……」
奥歯をかみしめる雷羅とケルトも、分かっていた。
それで抗える技ではないと。
「いや、やらぬよりはマシだろう」
「まて雷羅! 早まるな。下手をすると、二体の神龍を失うことになるかもしれぬぞ!」
「――っ!」
判断に迷うふたりだが、しかし、ここでケルトに限界が訪れる。
「まずい! 天使が、消える!」
「――な」
雷羅が驚愕の表情で友を見やり、ヴァンドールとフェルメールを召喚する詠唱をしかけたとき。
光の天使が粒子となって消え、その粉をかき消すように龍の咆哮が牙を剥いた。
結果、一手足りず、ケルトたちは激しい龍の咆哮に晒される。最後に八体の龍が一斉に爆発し、草原に大穴を残して消えた。
これだけの攻撃で、ケルトたちが無事に済むわけもなく、三人は完全に意識を失っている。
「ほう、これを受けてなお死には至らぬか。だが、あとはひとりずつ心の臓を抉り出せば済む話」
レオドールが、もっとも近いケルトに近づき、その心臓を奪おうと手を伸ばす――。
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