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レオドールが、ケルトに止めを刺そうとする刹那、
「「『ブラッド・ランス!』」」
「ぬ?」
空に二人ぶんの声が響き、直後、真紅の槍が無数に降り注ぐ。レオドールはそれを避けることはせず、甘んじて槍の雨を受けた。
それがやむと、金髪紅眼の少女がふたり、それぞれ長大な槍を持って立っている。
姉と思われるほうの少女は、無傷で槍の雨を受けきった男に驚いて顔をしかめた。
「うそ、私とキャロルのブラッド・ランスが効かない⁉」
「お前たちは……」
「……私はアイリーン=ザラーム。この魔界を統べる悪魔の始祖よ。そしてこの子は、私の妹キャロル」
魔界を統治する悪魔であるアイリーンは、簡単に自己紹介を済ませると、三つ又の槍をレオドールに向けた。
「貴方ね、世界中を震撼させる衝撃を放ち、私の世界に大穴を開けたのは」
「……」
無言の肯定を示すレオドールに、今度は、アイリーンの激情に溢れた視線が突き刺さる。
「まあ、それは良いとして。――入里夜ちゃんたちに対するこの行い、許すわけには行かないわ」
「ほう、なぜだ?」
「……彼女たちは、私たちにとって命の恩人だもの。大魔界の脅威から救ってくれただけでなく、そのあと街の復興にまで手を貸してくれた。そんな彼女たちを、よくもこんな目に!」
「入里夜お姉ちゃんを泣かせるヤツは、この私が許さないわよ!」
アイリーンに続いて、その妹であるキャロルも中二病らしきポーズを決め、レオドールに槍を向ける。
「「さあ、覚悟なさい!」」
悪魔少女たちは、その一言をもって戦闘開始の合図とした。
「……笑止。死を覚悟するのは、貴様らだ」
金髪の男が応じて迎撃の構えをとると、キャロルが先手を取って突撃し。
だが、その突撃を容易く交わしたレオドールの手刀を首の後ろにくらい、少女は頭から大地に叩きつけられる。
「きゃっ‼」「は? キャロル……?」
アイリーンは、その光景がよほど信じられなかったようで、一瞬フリーズしてしまった。
レオドールは、その致命的な一瞬をついて、身悶えるキャロルに迫ると、その腹を何度も勢いよく長靴で踏みつける。
「あッ! うぐ、うわあっ! ごほっ⁉」
「小娘ごときが、この我に槍を向けるなど、不敬であると思い知るがよい」
うめき声とともに、キャロルの腹部と口から鮮血が溢れ、男の足が振り下ろされるたび、少女の手足がびくりと震えた。
止めに、キャロルの腹を貫こうとレオドールが限界まで左足を振り上げたとき、彼の顔面に向かって、三つ又で真紅の槍が迫る。
それを交わすべく、男が後ろに飛びすさると、彼をさらに後退させる勢いで、アイリーンが槍を突き出し、レオドールをキャロルから離した。
「――っ! 貴様あああああ‼ よくも、よくも私の妹を! この場で死ねえええっ!」
間を置かず、アイリーンは誰にも見せたことがないであろう激情に叫び、男の身核を的確に狙って槍をくりだした。
だがレオドールの強さは、怒りで対抗できるものではない。男は、超高速で迫る槍の穂先が胸に届くより早く、アイリーンの右腕を掴んだ。
男の口もとおぞましい冷笑が浮かび、少女は驚愕に目を見開く。
「――ッ⁉」
「……残念だな。死ぬのはお前のほうだ。美しく、そして愚かな悪魔よ」
男の言葉とともに、掴まれたアイリーンの右腕が外側に捩られ、槍を落とした。
「――あ、痛っ! こっ、のおおおお!」
ならばと、アイリーンは捕らわれていない左手に魔力を込め、憎き男のみぞおちを殴りつけたが、レオドールの衣装が裂けただけである。
「――うそ、私の体術が……あ! かはっ⁉」
驚愕するアイリーンの右腕を掴んだまま、レオドールは少女の腹に強烈な蹴りを五発ほどお見舞いした。
「体術、とは。こういうことを言うのではないか?」
「げほっ、ごほっ! ……腕を、離して!」
だが、その後も容赦ない蹴りがアイリーンの身体を襲い、少女はついに脱力して妹の横に転がされる。
血にまみれ、横たわる姉妹に冷ややかな視線を落とし、レオドールは足もとに落ちていた、アイリーンの槍を拾い上げた。
「では、その心臓の鼓動を止めてくれよう」
男が槍を持ち主である少女の胸元に突きつけたとき、
「『爆滅の灼炎』‼」
「ぬ、これは……」
どこからともなく発せられた、激しい口調の詠唱に続き、レオドールの体に真紅の魔方陣が現れた直後、その魔方陣が大爆発を起こす。
もうもうとする黒煙が晴れると、男の視界には、怒りで両肩を震わせるひとりの少女がいた。
白いワンピースに身を包み、腰の下まで伸びる髪と、激情の熱を帯びる瞳は、共に美しい紺色である。
その少女は煙が晴れた瞬間、先のアイリーンと同様に険しい表情を浮かべた。
「うそでしょう。このインフェルノ・バーストは究極魔法なのよ。どうして、どうしてそれを直に受けて、無傷で立っていられるのよ」
「……それは、お前たちがあまりにも脆弱ゆえであろう。しかし次々と降って湧くが、お前たち、そこまで死に急ぐか?」
レオドールが聞くと、相対する魔法使い、つまりリューリアは、手にした魔導書を強く握りしめて半ば叫んだ。
「黙れ! お前はアイリーンやキャロル、そのうえ、入里夜ちゃんたちをこれほど傷つけた! それだけで、私が激怒するには十分よ!」
「そうか。だが我は、いい加減に飽きが回っている。早くお前らを始末して、巫女どもを連れ帰りたいのだがな」
「――っ! ふざけないで!」
絶叫と同時に魔導書を開いたとき、リューリアは怒りのほとんどを忘れて戦慄した。
数秒まえまで正面から相対していた男が、まばたき一回のうちに、彼女の背後に回っていたのだ。
「うそ、早――うわあッ!」
反射的に振り返ろうとしたとき、レオドールの拳が、柔らかなリューリアの背中を殴りつけた。少女の表情が苦痛に歪み、その手から魔導書が落ちる。
「ほう、存外、頑丈な肉体だな。その身を貫くつもりで殴ったのだぞ」
レオドールはリューリアをそう賞賛し、倒れかける彼女の腕を掴んで引き寄せると、その肩を右手で掴んで立たせ。
未だせき込むリューリアの背中から胸を、左手に魔力を込めて貫き通した。
「――っっ‼」
急所を貫かれた激痛で、リューリアの顔が引きつり、苦しみのあまり開かれた口と胸から血が溢れ、美しい純白のワンピースがどす黒く染まっていく。
「まずひとり、これで片付いた」
レオドールは、がくりと脱力したリューリアの身体を、蹴り飛ばして腕から抜き去り、血に濡れた手で改めてアイリーンの槍を拾った。
そして、気絶しているアイリーンの胸を、今度こそ潰そうとしたとき、
「――なに?」
レオドールが、初めて顔をしかめた。
リューリアの血に濡れた左腕に、異変を覚えたからである。
やがて付着した血液が、赤い刻印のように腕に拡がり始め、直後、なにかを悟った男が、自ら血に濡れた左腕を切り落とす。
その持ち主であるレオドールが、地面に落ちた左腕を蹴り飛ばした直後、爆発したのだ。
失った左腕を回復・再生魔法で即再生し、彼がふと背後を見ると、心臓と心核を貫いたはずのリューリアが、歯を食いしばって立ち上がっている。
「成る程。死して発動するカウンター魔法か」
「ええ、そうよ。まさか、こんなところで超究極魔法を使うことになるなんて」
彼女が使用した『我が血よ、命を以て命を絶て』。
これは、魔導書を用いてあらかじめ自身に魔法をかけておくと、何者かによって命を奪われたとき、相手の身に血液が一滴でも付着していれば、自らを殺した相手を爆発死させ、その命をもって自身は蘇生するというもの。
「残念ね。貴方が腕を斬らなければ、私の勝ち、だったのに」
「やはりか」
レオドールが冷笑とともにうなずいたとき、魔法使いの少女はその場に倒れこんだ。
超究極魔法ともなれば、絶大な力と引き換えに恐ろしい魔力消費を伴うのである。
「だが、結果としてお前は、僅かに生き延びただけに過ぎなかった。では、止めだ」
男が、今度こそリューリアを殺そうとアイリーンの槍を構えたとき――。
「やめて!」
「貴様、アイリーン殿とキャロルちゃん、リューリアちゃんにまで! 許さんぞ!」
入里夜と雷羅の声がレオドールを止めた。
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