第三章~黄道十二聖龍~

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 彼が振り返ると、驚異的な回復能力を持つ月界からの来訪者たちはすでに回復し、よろめきながら立ち上がっている。 「ほう、全員がもはや立てるか。確かに軽視できぬ回復力。ならば巫女以外に用はないゆえ、貴様らから確実に殺してくれる」 「だまれ、そう簡単に殺されてたまるか!」  オウカがレオドールに返すと同時、両者が地を蹴り、草原の真ん中で激突した。  だが力の差はこれまでの戦闘から明白であり、オウカの胸を、レオドールの左手が貫いている。 「――っ!」 「愚かな精霊よ。真っ向勝負では我に勝てぬことは分かっているはずだ。せっかく味方が回復したというのに、それを無駄にするとは」  男は、そう言って左手を少年の身体から引き抜こうとして、気づいた。いま串刺しにしているこの精霊が本物ではないことに。 「……ほう。無策、ではなかったか」 「はっ! 当然だろ」  レオドールの背後から、本体であるオウカの声がかかる。  金髪の男は、オウカの分身と思われる個体から、今度こそ腕を抜こうと力を入れるが、精霊族の少年の分身が徐々に樹木へと変わり始め、男の腕に余計絡みついていく。 「その分身は、破壊されると木になり敵の魔力を吸収し成長する。しばらくそうしておいてもらおうか」  その拘束力はかなり強く、さすがのレオドールであっても、即脱出とはいかなかった。その間に、メタトロンの力を得たケルトが銀翼で空に舞い上がる。 「オウカさま、ありがとうございます! あとはお任せを」  ケルトは空で白銀の魔導書を開き、全身から、黄金色に輝く凄まじい勢いの魔力を放った。  それが光の粒子となって地上に舞い降りると、レオドールを除く全員の傷が完治し、さらに内包する魔力量が二割ほど増している。 「す、すごいわ……」 「さすがは天使族最強の力。これほどの回復魔法を、詠唱なしで発動できるなんて……」  ゆっくりと立ち上がりながら、アイリーンとリューリアが思わず感嘆の声を漏らした。  こうして入里夜たち月界組と、アイリーンたち魔界のトップ三人は、状況を立て直したわけだが、同時にレオドールも、オウカの分身を自らの腕もろとも切り離し、失った腕を再生させている。 「この我を相手にして、まだ一人も死んでおらぬとは。少々手を抜き過ぎたか」  入里夜たち月から来た五人と、アイリーン、キャロル、そしてリューリア。八対一という状況でなお、レオドールはまったく揺るがない。  彼が腕の傷を完治させるあいだ、月界陣と魔界陣は、互いに連携を取れるよう合流し、一層気を引き締めた。 「大将軍さん、あの男はいったい……」  敵へのマークはそのままに、アイリーンがケルトに尋ねる。 「それが、我らにも正体がまったく掴めませぬ。ただ、奴が言うには、偉大なる主とやらの再臨のため、入里夜さまと梓さまを捕えにきた。と」 「……月宮の巫女狙い。さしあたり、その主復活のための魔力的な生贄ってところね。でも、何より解せないのは、あの強さよ。――それに見たところ、入里夜ちゃんたちの結界、『月宮即死無効結界』がまったく作動していない」 「――」  決定的な彼女の言葉で、ケルトは顔をしかめた。彼もわかっている、それが何を意味するのか。  ふたりのやりとりを聞いていたリューリアが、その先を紡ぐ。 「……つまりあの男は、神龍と同等かそれ以上の地位と力を持つ存在。ということね」 「はい。入里夜さま、梓さまの結界は、暦さまが強化された状態。計算上、これを凌ぐ者は、各神話における最高神やそれに近しい神々。そうでなくば、龍我さまと同じ存在のみ」  ケルトの言葉と同時、入里夜たち八人は、それぞれが限界一歩てまえまでのリミッターを外し、魔力を最大開放した。  入里夜と梓は『月宮・お色直し(ドレスアップ)』によって戦闘巫女服を纏い、それぞれが桃色と水色の魔力を、燃え盛る業火のごとき激しさで全身から放っている。  ケルトは、普段二割ていどに抑えているメタトロンとしての魔力を、九割ほど開放。これにより、頭上の金環が神の後光を思わせる形に変形し、二枚の銀翼が二倍の大きさとなり、さらに六枚へと増加した。  彼の変化に驚きの声を上げたのは、ヴァンドールに乗り、左手には火炎龍の化身である炎龍剣を構えた龍使いだ。 「……おお、ケルト、その姿は」 「うむ、おぬしにも、この姿は初めて見せるな。これが、メタトロンの魔力を解放した、現状で最も力を出せる私の姿だ」 「わあ……」「す、すごい」  巫女たちが思わず感嘆するなか、その横でオウカは刻限の舞を発動し、体長五メートルのウグイスとなる。  アイリーン、キャロル、リューリアも激しい魔力を全身からたぎらせ、悪魔の姉妹はそれぞれの槍を、魔界最強の大法使いは真紅の魔導書を構えた。 「みなさん、行くわよ!」  アイリーンの声に残る七人が一斉に応え、八人は同時にレオドールへと迫った。その様子はまさしく、七色に輝く隕石が迫るに等しい迫力であったが、レオドールはなお揺るがない。 「なるほど。確かに先ほどまでとは出力が桁違い。だが我は、常世すべてを照らす恒星のひとつ。おまえたちがいかに本気を出そうとも、我が輝きの前では有象無象も同然だ!」  男は豪語すると、両手の爪を研ぎ合わせ迎撃態勢をとった。そこへウグイスとなったオウカが突っ込み、戦闘が再開される。 「おらあ、食らいやがれ!」 「――ぬ」  音速にせまる速度で、巨大なウグイスがレオドールに突撃をかまし、はじめて金髪の男を吹き飛ばした。  後方へ勢いよく飛ばされた彼は空中で態勢を整え、大地に鋭い爪を立てて勢いを殺す。その後退が止まったところで、はるか頭上から梓と入里夜が飛び掛かった。 「「『月宮乱舞・朔夜!』」」  息の合った詠唱。そして、敵の頭上へ重力とともに宝刀を振り下ろす。 「……ほう」  レオドールは、わずかだが口もとに不敵な笑みを浮かべ、巫女ふたりの攻撃を受けるべく頭上に爪を構えた。 「「ええいっ!」」 「――」  これは、レオドールにとって、多少の想定外だったかもしれない。両腕に力を込めて巫女たちの斬撃を受けた瞬間、右手と左手それぞれの爪甲を、入里夜と梓にへし折られたのだ。  その刃が身体に届くまえに、横に飛びすさって交わす反射速度は驚異的だが、少なくとも、真っ向から受けられるだろうという彼の予想を、月宮乱舞は上回ったわけである。  さらに、その舞を交わしたレオドールに、雷羅が追い打ちをかけていく。 「これでもくらえ、レオドール! 『双龍・雷炎の神罰(そうりゅう・らいえんのしんばつ)』!」  炎龍剣を構える雷羅を頭上に乗せたヴァンドールが、全身に(いかずち)と燃え盛る炎を纏い、レオドールに襲いかかった。 「ほう、さすがに速いか」  敵を賞賛しつつ、レオドールは巫女たちにへし折られた両手の爪甲を再装填するが、その(いとま)に、神龍と龍使いの一撃を受けて大地に叩きつけられ、なお余った勢いで空に吹き飛ぶ。 「リューリアちゃん、いまだ!」 「え、ええ、分かっているわ。紅き魔導書よ!」  雷羅に応じたリューリアは、一瞬みせた妙な恥じらいをすぐに消し去り、彼女の胸の前で浮遊する魔導書に左手をかざした。  間を置かず指を鳴らすと、吹っ飛んだレオドールに紅い魔方陣が張り付く。 「ぬ、これは――『爆滅の灼炎(インフェルノ・バースト)』?」 「ええ、ご名答よ」  リューリアが不敵な笑みで答えた瞬間、レオドールに張り付いた魔方陣が、天地をゆるがす爆発を起こした。  激しい黒煙の中から草原へ墜落したレオドールは、リューリアに視線を向ける。 「……究極魔法の完全詠唱破棄。それに加え、先の初撃とは比にならぬ威力向上。その魔導書か」 「そのとおりよ。この紅い魔導書は、絶級魔法以外の魔法すべての詠唱を破棄し、さらにその威力を三倍に跳ね上げる禁断の魔導書。代償として、通常の二倍の魔力が必要だけど、今はケルトさんの回復魔法に付いていた、で、この魔導書を使える」 「それぐらいは貴様らでもできるか」  納得しつつ立ち上がる男に、悪魔姉妹がさらなる追撃を加える。 「「『真・ブラッドランス』!」」  ふたりの悪魔少女がレオドールの頭上から詠唱すると、彼女たちの左手に赤い魔方陣が現れ、そこから無数の槍が降り注いだ。  その槍は、レオドールの周囲で連続的に爆発を続け、アイリーンが妹と視線を交わす。 「キャロル、今のうちに決めるわよ!」 「ええ、行きましょう、お姉さま!」  ふたりは同時に最強の魔法を詠唱した。
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