第三章~黄道十二聖龍~

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「我が槍はここに、いまこそひとつとなりて。この槍は殲滅の力、終わりを始める力。世界に血の終焉を!『世界の黄昏はいま此処に(ザ・ワールドラグナロク)』!」 「我は常夜と暗き霧を統べる悪魔。来たれ、暗黒の世界よ、立ちこめよ、闇の魔霧! 悪魔に安寧を、世界に暗き闇の鉄槌を『暗黒魔霧・禍の常夜(あんこくまむ・わざわいのとこよ)』」 「あとは私に任せなさい!」  姉妹の詠唱に続いてリューリアが再び紅い魔導書を使用した。  魔法使いが、今度は右手の指を鳴らすと、アイリーン、キャロル、レオドールの三名を囲うように、直方体で半透明の結界が展開。その中に漆黒の煙が充満した。  この黒煙、そしてキャロルとアイリーンの詠唱。これらは、一度魔界を訪れた入里夜、ケルト、雷羅には覚えがある。  ケルトがそのことをリューリアに伝えると。 「ええ、これこそあのふたり……ザラーム家の姉妹最強の連携技よ」  キャロルの最強技、『暗黒魔霧・禍の常夜(あんこくまむ・わざわいのとこよ)』は、悪魔族以外の種族を魔力使用不可とし、同時に、毒と呪いでその身を蝕む。  そのうえでこの黒い霧は、キャロルとアイリーンの気配を完全に絶つことができる。 「あ、私と風香がやられちゃったやつ」  入里夜が当時を思い返して声を上げると、リューリアは少し驚いていた。 「え、入里夜ちゃん、あなたたちキャロルにあれを使わせたの? やるわね」 「アイリーンさんにも、同じように言われました」 「それじゃあ、アイリーンの奥義、『世界の黄昏はいま此処に(ザ・ワールドラグナロク)』も?」  リューリアが信じられないという表情で問うと、ヴァンドールから飛び降りてきた雷羅がうなずいた。  その日見た、空を真紅に染めるほど大量の槍。それが降り注ぎ、容赦なく一斉爆発する光景は、容易に忘れられるはずがない。 「やっぱり月宮家は尋常じゃなく強いわけね。でも、あなたたちはあの姉妹の奥義を別々に体験したのよね?」  それに入里夜がうなずくと。 「あのふたりの真価は、これよ」  魔法少女は、そう言って目の前の黒く染まった結界に視線を送った。 「キャロルの常夜と霧で敵の魔力を完全に封じ込め、防御力を限りなくゼロにした状態で、アイリーンの槍を一斉に浴びせ、敵を跡形もなく爆破する」 「リューリアちゃんが展開した、この結界は?」 「これは、悪魔族の力を強化する特殊結界よ。さすがにあの龍でも、この連携技に耐えられる道理は……」  リューリアの自身に満ちた声が途切れ、一同の耳が、およそ信じられぬものをとらえる。 「きゃああ!」「いやあああっ! お姉さま――」 「「「「「「――⁉」」」」」」  結界の中から響いた、悪魔姉妹たちの絶叫。外にいた全員が一斉に息をのみ、結界に亀裂が生じた瞬間、それぞれが飛びすさった。  すぐにリューリアの結界が内側から砕かれ、キャロルの霧が消失。結界内に展開されていた、アイリーンの魔方陣がゆっくりと消えていく。  そして黒い霧が晴れると、その中心にはただひとり、レオドールが直立していた。  ……その両手で、アイリーンとキャロルそれぞれの胸を貫いて。  少女たちはがくりと首を落とし、その足もとに今のなお鮮血が垂れ続けている。  消滅しないところを見ると、身核は辛うじて逸れているようだが致命傷ギリギリの重症に変わりない。  その状況を認めざる得なくなったリューリアの顔が、じわじわと怒りの色に染まっていく。 「――ッ! うわああああああああっ! ふたりを放せえ!」  怒りと共に、リューリアが、普段持ち歩いている白基調に紺の五芒星が描かれた魔導書を開く。 「我が魔力よ、今こそ輝かしき太陽となり、敵を焼き尽くせ!『サン・エクスプロージョン』‼」  怒りに満ちた彼女の詠唱とともに、レオドールが両手の爪甲から少女たちを引き抜き、血濡れた爪を構えてリューリアに迫る。 「あの姉妹を傷つけられることは、それほど堪えるか?」 「だまれえ!」  少女が絶叫と同時に左手の指を鳴らすと、レオドールの頭上と足もとに黒い魔方陣が現れ、上の魔方陣から同じ色の立方体が落下して男を閉じ込める。  その直後、黒い結界の中に凄まじい魔力と熱が放たれ、やがて地面を揺らすほどの爆発が起きた。  その間に、ケルトがアイリーンとキャロルを救出している。 「アイリーンちゃん、いまの魔法は?」  雷羅が聞き、それに少女が少しの間をおいて応じようとしたとき。 「――『サン・エクスプロージョン』。  漆黒の結界で敵を封じ、その中に小型の太陽を作り出す。それでもって敵を焼き払い、爆破する魔法だ」 「「「――⁉」」」  今まさに、その恐ろしい力を一身に受けたはずの男の声が、結界の内からケルトに応じ、大魔法使いと天使。それに龍使いは驚愕して、本能的に結界から離れた。  直後、結界が薄氷のごとく撃砕され、恐るべき男がその姿を現す。その身体を見て、リューリアの表情がさらに引きつった。  魔力で生成したまがい物であるとはいえ、それでも限りなく本物に近い、まさに小型の太陽。  その直撃と爆発を至近距離でくらったにもかかわらず、男の身は、わずかな火傷で済んでいる。 「……うそ、でしょ」  リューリアの足が震えながら後ろに下がり、その手から魔導書がどさりと落ち。  さらにレオドールの口から、絶望的なことが語られた。 「その程度では、我が第一形態のみで事足りてしまうぞ」 「な、なに?」  叫ぶように問いかけた雷羅の頬を、嫌な汗が伝う。 「我ら『黄道十二聖龍』は、三段階の形態を持つ。そして今の我は、戦闘用の形態ですらない」  驚愕する入里夜たちの表情を見て、レオドールが殺気を放った。 「……わかるか? 貴様らはこれほどの差がある相手に、不遜にも牙を剥き続けた。格の違いすら測れぬ愚者と言える。故に、身の程を知らぬ者には、身を以て分からせてやろう。  ――己が、いかなる存在に歯向かっていたかを」  入里夜たちが百メートルほどの距離を取ると同時、レオドールの全身から、圧倒されるような金の魔力がほとばしる。  腹に響く唸り声とともに、男の装いが変化を始めた。  全身を漆黒に輝く鎧が武装していき、そこへ金の装飾が施される。頭部も、まさに龍の頭を模した兜に覆われ、手足は龍のそれに変容。  そして、腰の辺りから、黒くとげとげしい尾が伸びた。 「さあ、粛清の時だ」 「みんな、逃げろ‼」  雷羅の絶叫と同時、レオドールの尾が数メートルから徐々に伸び、百メートルを越える鋼鉄のムチとなり振るわれる。  それは、およそ亜音速にもなる速さで敵を襲い、入里夜、梓、オウカのテレポートすらも許さない。  とっさに、自身への攻撃力を九割減衰させる『ロイヤル・ガード』を使用したリューリア以外の七人は、一撃でもって戦闘不能へと追い込まれた。  とげとげしい鋼鉄の尾が、目に見えぬ速さで身体を撃てばどうなるか。  リューリアを除く七人は、それが直撃した箇所から源泉のごとく血を流し、地に伏している。  剣や槍による受けや回避はおろか、巫女たちの即死無効結界すら、いっさい意味をなしていない。 「――っ! な、なんて威力」  思わず全方位を見渡し、絶望的なその状況を確認したリューリアだが、その行為は、決して今すべきではなかった。 「よそ見は禁物だぞ、魔法使い」 「――しまっ」  背後からかかった声で、彼女は致命的な状況に気づいたが、すでに遅すぎる。  振り返ったところにレオドールが待ち構え、次の瞬間、龍頭そのものである兜の口が開き、少女の頭を丸呑みにして噛み砕いたのだ。  兜と自らの頭部をリンク・疑似融合させ一体となることで、まさしく龍頭型のである。  獅子座の力を備えた、レオドールのみ使える固有技。  その力が行使された瞬間、龍の兜から、熟れた果実を握りつぶしたように血が噴き出し、リューリアの身体がビクンと大きく痙攣した。  まもなく、その手足から力が抜け落ちる。  しばらくして、龍頭を象る兜の口部分が開き、ようやく解放された少女の肉体が、真下に崩れ落ちた。  だが、頭部を噛み砕かれたはずのリューリアは、死んでいない。  彼女は喰われた瞬間、全身の魔力を頭と首にすべて集約することで、辛うじて死を免れたのだ。    とはいえ、レオドールの咬合力と、兜に備わる牙の鋭さに叶う道理もなく、リューリアの頭からは、紺色の髪が真っ赤に染まるほどの出血。  それに、その首もとには、痛々しい歯形が刻まれている。 「ふん、小賢しい真似を。だか、これで終幕だ」  完全勝利を自らに告げるように言うと、男は足もとに横たわるリューリアを蹴り飛ばした。  敵のすべてが程よく彼の元から離れたことになり、それすなわち、全員を一撃で屠ることが可能になったと同義である。 「『大地に爆ぜる龍星群(ドラゴニック・メテオ・インパクト)』」  レオドールが静かに詠唱し、真っ黒な魔方陣の宿る左手を天に掲げると、その頭上やく四百メートルに、巨大な魔方陣が浮き上がる。 「さあ、終焉の龍星を!」  男が高らかに叫び、天に掲げた左腕を振り下ろそうとした刹那、その表情が突如として硬くなった。 「――なんだ?」  何者かの接近を感じ、レオドールは天空の魔方陣を消し、戦闘態勢をとる。
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