第三章~黄道十二聖龍~

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「「はああああッ!」」 「ぬ!」  直後、男の視界に銀の魔方陣が現れ、ふたりの女性が出てきたかと思うと、勢いに任せて飛び蹴りをお見舞いする。  レオドールは二歩後退し、三歩目の左足で地を踏みしめとどまった。そのまま視線を正面に向けると、桃色の長い髪と、夜空を切り取ったような碧眼の巫女。  そして、透き通るような紅紫色のこれまた長い髪に、紅玉色の輝きを放つ瞳の魔法使いが立っている。  彼女たちは、入里夜たちの絶対的な危機を感じて助けに訪れた、朔夜と煌帥であった。  ふたりは、恐ろしい魔力を放ちたたずむ、龍の全身甲冑を纏う男に最大限の警戒を払いつつ、周囲の状況を確認して険しい表情を浮かべる。  入里夜たちもアイリーンたちもみな、頭部、胸、腹と、箇所は違えど恐ろしい量の出血があり、全員が例外なく地に倒れていた。 「煌帥ちゃん、これは」 「ええ、真っ先に察した暦が、耐えられず絶叫するのも無理ないわ。――この八人を、たったひとりでここまで追い詰めるなんて。貴方、いったい何者?」  紅く、鋭い煌帥の視線がレオドールに向けられる。 「我が名はレオドール。偉大なる黄道十二聖龍のひとりだ。そういう貴様らは……ぬっ!」  男は自己紹介のさなか、急にそれを中断し、激情に震える瞳で桃色の巫女を見据えた。彼女のつま先から頭頂部まで、しっかりと確認するように視線を動かし。  やがて何かを理解したとたん全身が怒りに震え、恐ろしい力で食いしばられた奥歯が音を立てて砕ける。 「……そうか。きさま、月界の始祖だな! よくもまあぬけぬけと。なぜ、なぜ我らが王を裏切り、神などに寝返ったのだ!」 「――え?」「……?」  怒りのままに声をあげるレオドールに対し、朔夜も煌帥も、心の底から首をかしげた。  男の言いたいことは、八割がた理解できるものではない。相手の反応から、そうなのだろうと察したレオドールは、 「そうか。きさま、月の始祖となる以前の記憶の大半を喪失しているか」  半ば呆れるように、またやるせないというように、男は兜ごしに視線を地に落とす。  それに対し、普段は穏やかで、感情的になることの少ない朔夜が歯噛みし、声を荒げた。 「――っ! ふざけないで、忘れるわけないでしょう。私が『朔夜』という名をもらうまでに何をしたかなんて。……確かに、貴方の言うとおり、悪魔としての力を使いすぎた弊害で、月読さまに浄化してもらうまでの数か月の記憶から、今までの記憶しかない」 「――朔夜!」  友を落ち着けようと煌帥が声をかけるが、月の始祖は両こぶしを強く握りしめる。 「覚えている記憶ですら、私ははっきり言って悪魔だった。神さまたちから聞いたそれ以前の私が行った所業。何度この命を絶とうとしたか分からないのに……。そんな記憶、忘れられるはずがないじゃない! いいえ、忘れてはならないのよ。私は――っ!」  息も荒く、激しく身体を上下に揺らして半ば乱心状態の朔夜。  入里夜はおろか、実の娘である暦ですらも知り得ぬ、初代レミールの過去と、そのために生まれた重すぎる自責の念。  それは、今回のように朔夜をたやすく乱心させるものであった。その両肩を、煌帥が優しく、だが力強く掴む。 「朔夜、落ち着きなさい! もう過ぎた過去のことでしょ。それに、月読さまとも約束したはずよ。もう二度と、自分を責めることはしないって。だからこそ、月界を創造したんでしょ! 今ここに何をしに来たのか、思い出しなさい」  友人である魔法使いが諭すように言葉をかけ続け、朔夜はようやく落ち着いた。大きく深呼吸し、心を静めてから煌帥に感謝の視線を送る。 「――うん、ありがとう煌帥ちゃん」 「いいのよ、気にしないで」 「乱れた心は落ちついたか?」  嘲笑とすらも言える口調でレオドールの声が流れ、ふたりは彼に視線を戻す。 「よくもまあ。朔夜の心を乱したのはあなたでしょ」 「ふん。だが朔夜(きさま)はやはり許せぬ。我らが王との契りを破ったことを忘れたとは。あれほど力を貸してやったというに、まさに薄情の極み」  男は、怒りで金色(こんじき)に輝く魔力を噴き上げた。 「覚えていようがいまいが、裏切り者には最上の苦痛と死を与える。それが我らのやり方だ。殺されたくなくばそこをどけ、魔法使い」 「そんな脅しで、この私が親友を見捨てて逃げるとでも?」  煌帥は、数舜のためらいなくそう言ってのけた。そのような選択肢は、万にひとつもあり得ないと。揺るがぬ意志でもって。  レオドールもすぐにそれを認め、兜についた真紅の龍眼を殺気で輝かせる。 「……そうか。では、貴様たちにもすぐに引導をくれてやる」 「さあ、そう簡単に行くかしら? 『月宮・お色直し(ドレスアップ)』!」 「そうね、朔夜と私の最強コンビ、たやすくは崩せないわよ」  揺るぎない信頼に満ちた視線を交わし合い、ふたりは戦闘態勢をとった。  朔夜は、薄桃色の透けるような薄絹の戦闘巫女服に衣装チェンジし、まさに無垢の白色と言うべき純白の日本刀を鞘ごと手にする。  一方の煌帥は、左手を開いてそこに白黒の陰陽魚を浮かび上がらせた。  彼女の手の中で浮遊するそれは、蜜柑(みかん)ほどの大きさの球体で、ほどなくしてまったく同じものが四つ、煌帥の周囲を衛星のごとく回り始める。  ふたりの戦闘態勢を見て、レオドールの兜の口角が引きあがった。 「……ほう、確かに凄まじい魔力を内包していたな、きさまら。いま無様にも転がっている有象無象どもとは、レベルが違う」 「入里夜ちゃんたちを侮辱することは許さないわよ! 無様だの有象無象だの、すぐに撤回しなさい」  珍しく激おこモードの朔夜に、横で煌帥は意外さを隠せなかったが、友の怒りは彼女の怒りでもある。 「朔夜の言うとおりよ。貴方がみんなに働いた無礼、私たちが代わりに返上させてもらうわ」  そう言い切ると、煌帥と朔夜は同時に魔力を最大開放した。  それまで彼女たちの身から立ち昇る魔力は、ふたりとも同じく紅柴色だったが、最大開放とともに、まるで数万本の金の延べ棒が、いっせいに輝いたかのような金色(こんじき)へと変わる。 「な――。こ、この輝きは」  朔夜と煌帥にとっては、実力で上回る敵と戦うための強化に過ぎない行為だったが、まばゆいまでのその光を見て、レオドールはすべてを理解した。    ――金に輝くこの凄まじい魔力。  それを放出する巫女と大魔法使いの、。  その正体について自身の中で理解したとき、かのレオドールでさえ驚きを抱かずにはいられなかった。  表情を隠す龍頭の兜ごしでは朔夜たちに伝わらなかったが、兜の内側で、男は生まれて初めて絶句していたのだ。 ――まさか、!と。
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