第四節~入里夜の舞~

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「――そうか。(えにし)とは不思議なものだ。一見して無関係であろう者同士を、こうも繋ぎ止めるとは」  そうつぶやいた男の口角が、兜の中で恐ろしく吊り上がり、それは龍頭の兜と連動し、最恐の狂気と言うべき邪龍の笑みが作られた。  対峙するふたりの正体を理解した彼の中に、これから取るべき最高・最善の行動が見いだされたのだ。 「クク……。そうか、それがいい! ハハハハハハハハハハ‼」 「――っ」「なにがおかしいの」  レオドールの殺気はあまりにも強烈で、朔夜と煌帥が身構えると。男は第二形態、つまり龍の全身甲冑を解いて表情を晒し、恐ろしい笑みでもって問いを放つ。 「ククク……きさまら、自分たちの真の正体を知らぬのであろう?」 「――え?」「貴方、今なんと?」  訝しげなふたりの反応を見て、レオドールは心底納得したようにうなずいた。 「やはりか……」 「どういうこと、の正体? あなた、なにを知ってるの」  煌帥が鋭く聞き返すと、レオドールは無言のうちに再び第二形態へと変形する。  だが今度は両手に爪甲を備えることはせず、代わりに前腕から指先にかけてを約二倍に巨大化させ、鋼鉄で覆った。 「知らぬのであれば、知る必要はない。ただ、ひとつだけ教えてやろう」  身構える朔夜と煌帥。レオドールは、狩りの獲物に向ける視線を彼女たちに突きつけ、今度はそれをふたりの斜め後ろに横たわる入里夜と梓に移すと。 「予定変更だ。きさまらふたりも、その巫女どもと共に連れて帰る。――もしそれが嫌だと言うなら、この場で武器を捨て、這いつくばって首を差し出せ。さすれば苦しませずに首をはねてくれよう」 「――っ!」「な、なんですって!」 「それすらも嫌だと言うなら、逃げるなり抗うなり、好きに試してみてもよい。その際にくれてやる苦痛と屈辱に、どれだけ耐えられるのかをなァ!」  それを狩猟開始のひと言に代え、レオドールは地を蹴った。わずかな誇張すらなく、音速に迫る速さの突撃。 「朔夜っ!」 「ええ、任せて!」  叫んだ煌帥が、首飾りに仕込まれた飛行石の効力で空に浮き上がると、朔夜は足もとに半径百センチほどの白い魔方陣を展開し、純白の日本刀を左手で腰の横に持ち、抜刀の構えをとった。  そしてレオドールが魔方陣内に踏み込んだ瞬間、朔夜の両眼が刀と同じ色に変わり、恐ろしい速さで刀を抜き放つ。  魔力の刃を刀身にまとい、強化された一撃は見事なタイミングでレオドールを捉え、彼を数メートルほど空に舞い上げた。  土煙を伴って大地に激突したレオドールは、身を一転させて立ち上がる。 「ハハハハハ! 居合いか、なかなか良い技だ。カウンター技とはいえ、この我が躱せぬとは」 「――く、この力でもほとんどダメージなしなんて」  苦い表情で朔夜が納刀すると、足元の魔方陣がゆっくりと消える。 「確かに脅威だけど、まだよ!」  間を置かず、態勢を立て直したレオドールの懐に煌帥が飛び込み、周囲に浮かぶ陰陽魚と同じものを宿した左手掌を敵のみぞおちに当て――。 「『陰陽爆殺・日輪の業(おんみょうばくさつ・にちりんのカルマ)』!」  詠唱すると、反撃を食らうまえに飛び退ってレオドールから距離を取った。 彼女の手が触れた男の胸には、陰陽魚が刻印されている。  それを指で軽く触り、レオドールは口角を吊り上げた。 「……ほう、これはこれは」 「こんな凶悪な魔術、一生使わないと思っていたけど、貴方はただひとりの例外よ!」  煌帥は鋭くそう言って、左手を男に向けて突き出し、 「――悪く思わないでちょうだい『爆散ッ!』」  叫ぶと同時に指を鳴らすと、レオドールの胸に刻印された白黒の陰陽魚が真っ赤に変色。  籠ったような爆発音が男の体内から発生し、がくりと膝を折って座り込む。  全身から細い黒煙を上げてうつむくレオドールのもとに、一振りの短刀を手に煌帥が近づいた。 「この魔術は、陰陽魚を刻印した対象を内側から爆破する。いかに貴方でも……」 「――『これを受けて無事で済む道理はない』か?」 「――ッ!」「煌帥ちゃんっ!」  致命的だが、避けようもない判断ミスだった。  いかにレオドールであろうと、内側から急所を爆破されれば、致命傷は避けられない。普通に考えれば、それは至極まっとうな結論。  だからこそ煌帥も、一撃もらう覚悟の上でレオドールに近づいた。 「煌帥ちゃん、逃げてぇ!」「――っ、『テレポ……』ゔああっ‼」  少女が消える直前、巨大化されたレオドールの拳が彼女の腹を撃ちつけ、小さな身体を空へ突き上げた。  まもなく大地に墜落した煌帥のもとに、朔夜が大慌てで降下する。 「煌帥ちゃん、大丈夫⁉」 「……うう、大丈夫よ。この程度なら、まだね」  親友に支えられ、ゆっくりと立ち上がる煌帥に、レオドールの感心した声がかけられた。 「ほう、見かけによらず頑丈な小娘だ」 「――な、誰が小娘ですって!」 「なんだ、違うのか? ならばガキのフリをした老婆なのか?」 「――ぐ、ぐぬぬぬぬ! 貴方、女性を本気で怒らせたらどうなるか、その身をもって知りたいようね!」  ぎりぎりと歯を軋ませ、煌帥は両手を開いてゆっくりと空へ舞い上がる。全身から迸る金の魔力が後光のように輝き、周囲に舞う陰陽魚のひとつが、その左掌に移動した。  侮辱された怒りに任せるようにその陰陽魚を握ると、 「朔夜、ちょっと離れてなさい! 『ワールドエンド・プラネット』!」  彼女の全身から放たれる魔力によって、大地に亀裂が生じて砕け、その破片を残る四つの陰陽魚が吸い上げていく。  陰陽魚を核にした岩石の塊は、レオドールの周囲を高速回転しながらみるみるうちに巨大化し、極小の小惑星を思わせる大きさになった。 「はああッ!」  煌帥が左手の陰陽魚を完全に握りつぶすと、それはガラスが飛び散るようにして砕け、同時に、四つの岩石が一斉にレオドールに向かい、彼を四方向から押しつぶす。 「ふふ、無礼者にはこれぐらいがお似合いね」  煌帥がゆっくりと地に降り、空を見上げてふっと笑みを浮かべた。  そこには、四つの岩石がひとつとなった巨岩が浮いている。
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