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「ふざけるなアアアアアアアアアアアアッ‼」
天地を揺るがす咆哮。それにより気を失っていた全員が目を覚まし、各々が状況に驚いたが、ひとまずレオドールと相対する入里夜が大丈夫だと判断。
レオドールの攻撃射程外にさがり、朔夜、煌帥、アイリーン、リューリアが、テレパシーで情報共有を行う。
この四人は、こと現状把握能力が極めて高く、入里夜の舞がレオドールに通用することを察し、舞の効力を知る朔夜、煌帥によってその理由も正しく導き出された。
煌帥が代表し、テレパシー全員にそれを伝える。
(そういうことだから、みんな、ここは入里夜に任せて回復に専念するわよ。――感じるわ、もうすぐ龍我が来る)
一同は、下手にレオドールを刺激しないよう、静かに集結して回復を始めた。
それを確認した入里夜は碧い瞳を安堵と喜びに輝かせ、レオドールは舌打ちする。
「ふん、奴らが目覚めたのは面倒だが……さして致命的なことでもない。貴様を倒してしまえば、我に抵抗できる者はおらぬゆえな」
レオドールは凄まじい眼光を入里夜に突きつけ、しばらく何かを見計らっていたようだが、突然左足に凄まじい魔力を込め、地面を割るような勢いで踏みつけた。
「……わ、ちょっ、きゃあっ!」
レオドールの一撃は容易に大地を砕き、超短期的にだが、災害級の地ならしを起こす。
入里夜は体の均衡を失い、後ろに転んで尻もちをつく。その拍子に宝刀が手から零れ、桃色の刀身が岩に当たって高い音を発した。
「……び、びっくりしたあ」
その揺れは、むろん他の者たちにも影響を及ぼし、驚異的な反射で男の意図を察して飛行石で舞い上がった煌帥以外は、みな足を取られてよろめいている。
だが、レオドールが大地を揺すったのは、このためではない。
上空にいた煌帥は男の真の目的を理解し、いまだ座り込んでいる入里夜にテレパシーを繋いだ。
(入里夜ちゃん、何をしているの! 早く立って宝刀を持って逃げなさい! 宝刀から手を放したら、貴方たちの舞は強制中断されるでしょ!)
「――ッ!」
突然の揺れで、戦いからわずかに意識がそれてしまったことは、あまりにも致命的だった。
煌帥に言われ、入里夜は飛び上がるように立ち上がって宝刀を拾い……。
「ふん、そうはさせるか!」
「きゃあっ‼ あっ、うあ……うぐうぅぅ……」
跳躍して舞いを始め、再び舞姫と同化するより早く、瞬間移動してきたレオドールの拳が少女の下腹部を殴りつけた。
鋭い痛みと言葉にしがたい不快感が身体を襲い、入里夜は宝刀を吹っ飛ばして地面に落下する。涙を浮かべ、彼女が腹を抑えて悶えていると。
「ククク、油断したな」
「――かはっ⁉」
嘲笑とともに男の視線が向けられ、同時に今度は胸の下に耐えがたい痛みが走った。
レオドールの長靴のつま先が、きわめて正確に入里夜のみぞおちを捉え、えぐるように蹴りつけたのだ。
息が詰まって悲鳴すらあげられず、むせることすらできない。足をばたつかせて何とか痛みに耐える。
ようやく呼吸を取り戻したところで、レオドールに掴み上げられる入里夜。
「けほ、こほっ! ううう……はな、じてえ」
「致命的だったな。やはり読み通り、あの忌まわしい舞は、宝刀と貴様がひとつになってはじめて完成するもの。あの程度の地ならしでひっくり返り、あまつさえ宝刀を取り落とす!」
レオドールの拳が、一撃めとまったく同じ部分に叩き込まれる。
「ゔわあッ‼ ふぐうううう……」
「レオドールっ! きさまアアアアアアアアアアアア!」
悲鳴とともに身体を丸める入里夜と、その所業に激憤するオウカ。レオドールに飛び掛かりそうになる彼を、煌帥がいさめた。
「――煌帥さま、なぜお止めになるのですか! 大事な俺の、この命より大切な入里夜を傷つけられたんです、たとえ――」
「たとえ死ぬことになっても、あいつに一発くれてやりたい、ってとこかしら?」
「――っ」
あまりの的確さに、オウカは思わず言葉を失う。
「いいのよ、その気持ちは当然のものだもの。だれも否定しないわ。でも、大切な恋人を悲しませてまで、今やらなくても良いんじゃないかしら?」
「そ、それは……」
いま感情的になって突撃しても、煌帥の言うとおり、今度は自分が大切な人の前で死ぬことになるだけ。
それはむろん、オウカも理解していた。
月界最強を誇る式神使いであり、同時に魔法使いでもある彼女の行いはみごと功を奏し、精霊族の美少年は一応落ち着き、激しい視線で金髪の男をにらみつける。
「ククク、どうした? この巫女を誰も助けに来ぬのか?」
レオドールは入里夜の後ろ首を掴んでその身体を高々と掲げ、敵を挑発した。
だがその効果は薄く、激怒して飛び掛かって行きそうなオウカ、梓、雷羅、ケルトもかろうじてその衝動を抑え、全員が不用意に踏み込まない。
理由は龍我がそこまで迫っているから、であったが、さりとて彼らも油断するわけにはいかぬ。
そして、相手を出し抜くという点で言えば、レオドールが一枚上手だった。
オウカたちが無謀な特攻を仕掛けてこないと悟ったのか、男はふいに、入里夜を前に突き出すと。
「……ふん、結局どやつもこの巫女を救いに来ぬか。もうよい、興ざめだ。貴様らなど、その気になればいつでも殺せる。貴様らがあまりにも惰弱ゆえ、戦意も続かぬというもの。……この女は返してやろう――」
オウカたちは、むろんそれだけでおいそれと心を許すわけもないが、どこか心の片すみに、微細な油断が生まれてしまう。
それをわずかな空気の変化で読み取ったレオドールは、ふに口角をつりあげ、
「……などど言うとでも思ったか!」
「きゃあああああああああ! ――ごふっ」
「い、入里夜あああああああああッ!」「姉さんっ!」「「「――ッ‼」」」
一瞬の静寂が、刹那のうちに破壊された。
レオドールが入里夜を前に突き出したまま、空いている左腕で後ろから彼女の腹部を貫き通したのだ。
腹から血を零し、吐血とともに地に倒れる巫女の姿は、なんとか冷静さを残していた八人の心から、それを完全に奪い去った。
その瞬間をみごとに突き、レオドールが凄まじい魔力を込めた咆哮を放つ。悲鳴があがり、九つの人影が空に舞いあがった。
「――うぐう、な、なんて……いりょ、く……」
大地を抉る唸り声は敵をすべて巻きこみ、ついに煌帥までもが膝を折り、地に伏した。
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