第五章~修行・魔界編~

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 その後、魔界に駆け付けた最強の龍使い龍我も含め、入里夜たち一同は、ひとまずアイリーンの居城、ホワイト・グレイパレスに引き上げていた。  結果的に犠牲者はいなかったとはいえ、レオドールが残した傷跡は大きすぎたのだ。  途中から助太刀に入った朔夜、煌帥も例外なく魔力・体力を浪費し、全身には大小無数ともいえる傷がいまだ完治せず残っている。  ケルトと煌帥の回復魔法で一応回復してから、城の大広間にて話し合いがなされた。 「朔夜、煌帥。よもやおぬしたちふたりが出てもなお、あれほどの被害が出るとは。にわかには信じられぬな」  龍我そう切り出すと、視線を向けられた二人は面目ないという表情を浮かべる。  だが、()の龍使いが皮肉を言いたいわけではないことは、全員が分かっていた。 「そうね。はっきり言って異次元の強さだった。私と朔夜の力が及ばない、そんなレベルの話じゃなかったもの。あいつ……レオドールにとっては、月宮の力も私の力もすべて、力というに及ばないものだった」  煌帥が冷静でありながらどこか重い口調で言うと、魔界の大魔法使いであるリューリアも観念したように首を縦に振る。 「悔しいけど、煌帥さんのお言葉通りね。アイリーンとキャロルの連携が効かない。それすなわち、魔界ではもう、奴らに対応できないということ。私の究極魔法すらも、手遊びのように対応された」 「だが、これではっきりしたというもの。ここ数か月の龍脈の乱れ、世界に垂れ込めし暗雲。すべての元凶は、黄道十二聖龍(ドラゴ・ホロスコープス)とやらの誕生。そして――ついに動き出したわけか」  龍我は忘れ去った過去を胸の内で振り返るように、自身の右手に視線を落とし、それをにぎりしめる。 「……龍我?」  朔夜が小首をひねったが、聖・龍使い(セイント・ヴェンダール)はかぶりを振ってそれ以上続けようとはしなかった。  レオドールたちに関して現段階でこれ以上頭をひねっても、有効な話し合いにはならない。  皆がそう理解したとき、魔界の女王アイリーンがパンパンともろ手を打ち鳴らした。 「はいはい。とにかく、あいつらのことは一旦終わり。遅くなったけど、あなたたちは修行のために魔界を訪れた。それでいいわよね」 「は、はい! あの、またお世話になってもいいでしょうか」  はっとして入里夜が答えると、アイリーンはもちろんのひと言で許可し、以前の魔界修行で貸したセルジュークの屋敷を滞在中使っていいと、そこまで軽いノリで言う。  その瞬間、彼女の足もとに天使がすっと身をかがめた。 「アイリーン殿。前回に引き続いてのご厚遇、痛み入ります」 「そんなにホイホイと膝をつかないでもらえるかしら、大将軍(ケルト)さん。私たちには返しきれない恩があるうえ、今日また増えたところなのよ。というかあなた、天界の天使長でしょ。立場的には、私に拝跪(はいき)を命じたっていいはずでしょ」  ため息交じりにアイリーンが言うと、 「とんでもございません、アイリーン殿。今回我々こそ、皆さまに救われました。それに、私はメタトロンの力を持ってはいますが、()の天使長ではなく、天宮ケルトでございますゆえ」 「はあ、――まあいいわ。そういうことにしておくわ」  彼女の苦笑でその話は終わり、今度は煌帥が真面目な表情を浮かべる。 「私と朔夜、龍我はこのまま月へ戻り、暦たちと今回の一件を共有。奴らについての調査を始めるわ。もしまた奴らが魔界に現れたら、一切の遠慮なく知らせてもらえるかしら」  その言葉にアイリーンは一瞬表情を曇らせ、それから顔をあげて朔夜たちに真剣な眼差しを向けた。 「そうね。貴方がたを頼り続けるのは申し訳ないけれど、今の魔界ではたとえレオドール単騎であっても、ただ草を散らすように蹂躙されるだけ。こちらからも、その時は助力を」 「うむ、任されよ。これは全世界共通の緊急事態。相互協力しなければ、その先にあるは確定された世界の終焉だ。遠慮はいらぬ」  龍我の返答に、アイリーン、そしてリューリアは改めて感謝の意を表しその場は解散となった。  朔夜、煌帥、龍我はテレポートで月へ帰り、入里夜たちは懐かしきアイリーンの別荘へと別れていった。  ――セルジュークの西の端。そこは、賑わいに満ちた街の中心部と打って変わり、のどかな雰囲気が漂う穏やかな場所である。 「……ようやく、ひと心地つけますな」  その一角にたたずむ木造の屋敷に到着し、リビングに落ち着いたところで、大将軍ケルトが一同を見渡しつつ言った。 「そうだな。それにしたって、前回も今回も到着そうそう死にかけるとは」  雷羅が苦笑交じりに頭を振ると、入里夜、オウカ、梓も龍使いと同じような表情を交わし合う。 「ま、まあとにかく、みんな無事でよかったな」 「ええ、オウカさまのおっしゃる通りかと。しかし皆が消耗し、魔力もまだ回復しきっておりませぬ。今日は一日かけて回復に努め、修行についての詳細は明日にいたしましょう」  オウカにうなずいてケルトが進言し、この日は各々自由に英気を養うこととなった。  入里夜は魔界初来訪のオウカと梓を連れてセルジュークの街へ出かけ、ケルト、雷羅は屋敷に残って休息をとることに。  街の中心部に着いたとき、オウカも梓もさすがに驚きを禁じ得なかったようだ。 「こ、これが魔界の都なの⁉ 姉さん」 「そうよ、凄いでしょ! 美味しいものもいっぱいあるし、魔界ならではの武器とか売ってるお店も、使い魔を売っているお店だってあるの」 「へえ~、こりゃ驚いたぜ。同じ都つっても、シャンバラとは大違いだな」  普段は入里夜と妹たちで何かと手一杯なオウカも、興味津々といった顔で忙しく辺りを見回している。  すると、少し恥じらいのこもった表情で腹をさする梓が、 「あ、姉さん、私お腹空いたんだけど、どこかおすすめのお店とかないの?」 「そうね、それならあそこしかないわ」  妹の空腹を瞬時に理解した入里夜は、ふたりをとある店に案内した。  彼女は迷うことなく軽い足取りで雑踏をかき分け、十人ほどの行列ができる店の前で止まる。 「ここ?」  列の最後尾に並び、梓が確認する。 「そうよ。梓、ぱふぇとか、けえきとかって食べたことないでしょ?」 「え、何それ?」 「う~ん、オレも聞いたことねえな」  ふたりが首をひねっていると、三人の会話が耳に入ったらしい前に並んでいたエルフ耳と綺麗な金髪が特徴的な若い女性が、入里夜たちのほうを向いた。 「なあに、あなたたちスイーツ食べたことないの? 人生の半分ぐらい損しているわ。まず、このお店で一番のおすすめは……って、あなた――入里夜ちゃん⁉」  彼女は、このスイーツ有名店の魅力を余すことなく熱弁しようとしたようだが、その目に桃色の巫女が映った瞬間、表情が変わった。  驚くエルフのお姉さんを見て、入里夜も当時の記憶をすぐにたどって行く。 「あ、あなたは確か、古物商のベンさんの娘さんの……エリーさん!」 「あら、覚えててくれたの! 嬉しいわ、また来てくれたのね」 「は、はい、あの時は色々とお世話になりました。今回また、修行のために来たんです」 「そうだったのね。私たちこそお世話になったわ。サタンから魔界を守ってくれて、その後の復興まで防衛軍の皆さんにお手伝いしてもらったもの」  彼女は当時のことと、それに対する惜しみない感謝を思い出すように言うと、 「みんなーっ! 入里夜ちゃんが、入里夜ちゃんがまた来てくれたよーっ!」 「えっ⁉」 「あ、ホントだ!」 「入里夜ちゃん、暦さんたちはいないの?」 「その方たちは誰?」  と、巫女の存在に気づいた街の人々が、一斉に入里夜たちを取り囲んだ。 「……わあ、姉さんすっごい人気者だ」 「話には聞いてたが、ここまでとは」  梓とオウカは、街の人たちの気迫に押されて若干引き気味である。しかし、入里夜がふたりを紹介した後は彼女たちも人気の的に。 「入里夜ちゃん、彼氏いたんだ!」 「すごいカッコいい!」 「初代サタンとして乗っ取られて、記憶がなくなっても、お互いに引き合うなんて……。すっごい純愛ね」 「梓ちゃんって言うの? 風香ちゃんといい、みんな綺麗な名前だね」 「いやいや、名前だけじゃねえ、暦さんも含め、みんな美人すぎるだろ」 「梓ちゃんは、かわいい全振りというより、かっこかわいいって感じね」 「入里夜ちゃん、妹さんふたりもいたんだ」 「えへへ、実は私たち、十二人姉妹なの」 「え、じゅ、十二人⁉」 「す、すごい……」 「あ、ああ。そして彼女たちを生んだ暦さんすげえ」  そして前回同様、入里夜たちは街の人たちから惜しみない貢物を頂くのであった。 「梓ちゃん、オウカさん。何か困ったら、いつでも言ってくださいね!」 「は、はい」「あ、ああ……」  ふたりは握手してもらって喜びながら去っていく人たちを、ポカンとした顔で見送り。  その後、もらった『特上プレミアムパフェ・フルトッピングバージョン』をひと口食べ、それ以来、何かにとりつかれたようにさじを動かし続けている。 「ね、姉しゃん⁉ なに、何なのこれは! こんな、こんな奇跡のような甘味がこの世にあって良いの⁉」 「あ、ああ、なんだこれ、はっきり言って美味すぎる! 和菓子こそ至高と思っていたが、よもやこんなものがあるとは。まさに魔性の味だぞ」 「美味しいのは分かるけど……そんなに急いで食べると――」  入里夜が忠告しかけたとき、オウカと梓は同時に頭を押さえた。 「――っ、痛ってぇ⁉ な、なんだこれ、急に頭痛が」 「ふぐうぅ……頭が、頭がものすごくキンキンするわ」 「ほら、だから言ったのに……。しゃーべっとのところが下にあるんだから、それを一気に食べると頭痛くなるの」 「くっ、やはり……妖魔の食べ物だったか。なんとも恐るべし」 「う~ん、違うんだけど、まあいいや」  入里夜は、パフェに対して何か勘違いしているふたりの相手を諦め、自分もひと時の至福に浸るのだった。
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