第五章~修行・魔界編~

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 翌朝、体力・魔力ともに全快した入里夜たちは、気持ちも新たにリビングに集結していた。  朝食に関しては、前回同様、アイリーンから借りた小瓶ノ使い魔(フラッシュ・ファミリア)のノワールが作り、オウカと梓の舌を驚愕させたところである。  食後のティータイムも終わり、程よく腹も落ち着いたところで、ケルトが立ち上がった。 「では、改めて今回の魔界での行動予定を確認いたしましょう。修行については、皆が基本的なところは身に付けているので、基礎をより盤石なものにし、さらに力を高めるため、各自で決定して行います。魔界での修業期間はひと月。この期間が終了すれば、修行の状況に関わらず人間界へ向かいます」 「暦さまいわく、一か月と期限を付け、その中で自らが定めた修行を行うことで、効率が上がるとか」  雷羅が友にうなずいて言うと、オウカが続けた。 「具体的な目標と期日を決めれば、オレたちは、無意識にその期間内に設定した成長をしようとする。その思いに魔力が呼応して、潜在能力も引き出しやすくなるわけだ」 「ええ。暦さまは、できれば師か共に成長できる仲間を見つけるのがさらに良いと」  すると、入里夜が思い出したかのように口をはさむ。 「ケルト、後は、アイリーンさんがおっしゃっていた……」 「はい。入里夜さまのおっしゃる通り、アイリーン殿からの依頼もあります」  大将軍の言葉に彼の友人が応じる。 「ああ。龍脈の暴走を抑制して鎮静化することと、魔獣の討伐だな」 「そうだ。龍脈に関しては、入里夜さまの舞がもっとも効果的です」 「う、うん、舞の特訓にもなるから、私がんばるね」 「魔獣の討伐は、私たちみんなでやればいいわよね」  梓が使い魔のノワールを膝に乗せ、撫でまくりながら言う。 「そうですね。それでは今日は、各自が修行について考え、明日から一か月、本格的に修行を始めましょうぞ」  ケルトの言葉に入里夜たちはうなずき、その場は解散した。  こうして修行の日々が始まろうとしているわけだが、入里夜とオウカは、すでに師と仰ぐべき相手を定めていた。  というより、入里夜の話を聞いたは、半ば自ら協力を申し出たような感じだが……。 「それじゃ入里夜、そろそろ行くか」 「うん。あ、梓はどうする? 私たちは、リューリアさんのところに行くんだけど」 「私は、もう一日セルジュークの街を歩いてみるわ。今日は街で剣術大会があるみたいだから、それにでも出てみようかな」 「そっかあ、そこで良いお師匠さんにでも会えたらいいね」 「そうね。そう簡単に行くとも思えないけど、頑張ってくる」  そう言って街へ向かう梓を見送り、入里夜とオウカは、飛行術でヴェンガール山地へ向けて飛び去って行った。 「……ようこそ、私の館へ」  入里夜とオウカがリューリアの館に着くと、魔法使いの少女は軽いひと言で彼らを迎え入れた。  彼女の館は約十か月ほど前、魔界最強の殺人鬼少女・ファンタリーテによって凄惨なありさまになったわけだが、今やその気配は一片たりとも感じられない。    まさに魔法使いの隠れ家と言うべき雰囲気で、丸太を組んで作られている。  天井から吊り下げられたランプに灯はともっていないが、大きな天窓から差す陽光によって、室内は明るい。  リューリアは、リビング・ダイニングと思われる部屋に来客を通すと、大きな木のテーブルに向かってつかつかと歩いて行く。 「散らかっていて申し訳ないけど、ここにでも座ってもらえるかしら?」  彼女は、テーブルの八割を占領している魔導書の山を乱雑に押しのけて、机を半分ほど空けると、入里夜たちを案内する。  入里夜とオウカは、どさどさと床に落ちていく魔導書たちをぽかんとした顔で眺めつつも、リューリアに示された、少しおしゃれな木のイスにおさまった。 「ちょっと待っていて」  ふたりを座らせたリューリアは、そう言ってキッチンへ姿を消し、やがてティーポットと、人数分のティーカップ、チーズケーキの皿を木の盆に乗せて運んできた。 「わあ! 美味しそう」  と、真っ先に反応した入里夜に微笑しつつ、彼女は慣れた手つきで、巫女とその彼氏の前にチーズケーキを置き、カップに紅茶を注いだ。 「アイリーンのように派手なおもてなしはできないけど、紅茶もチーズケーキも味は保証するわ」 「このお茶、香りがすごい」 「ふふ、香り高い紅茶だもの。ストレートでももちろん、ミルクとの相性もバツグンよ」  紅茶に興味津々の入里夜にリューリアがテーブルに着きながら応じると、オウカも納得の表情で香りを堪能している。 「確かに、これは月界には無い香りだな」  それから二十分。入里夜とオウカの舌が紅茶とベイクドチーズケーキに驚嘆の舌つづみを打ち鳴らし尽くしたところで、リューリアはさっそく本題を持ち出した。 「……さて、昨日の入里夜ちゃんの話を確認すると、あなたたちふたりは、私に魔法使いとしての戦い方と、新たな魔法を教わりたい。そんなところかしら?」 「はい。私は前回の魔界修行のときに、かなり魔法を教わったんですけど、サタンとの戦いで思ったんです。確かに普通の攻撃魔法を使えるようにはなったけど、月宮神楽や乱舞に馴染んできたから、魔法を使った戦いでの駆け引きとかは、まだまだだって」 「オレも、精霊としての術こそ使えるが、魔法の扱いはまったくだ。レオドールとの一件で、魔法の基礎はもちろん、ある程度高度な魔法も使えたほうが良いと思うんだ」  ふたりの考えを聞き、リューリアはうなずいてみせた。 「そうね。あなたたちのおっしゃる通り、基本的な戦い方、魔法について触れている場合と、そうでない場合、そして、基礎を臨機応変に応用できるか否か。  それによって、実戦でとっさの判断が勝負を分ける局面で、天地ほどの差が生まれる。その時に動けるか否かというのは、敗北どころか死に直結するからね」  彼女の言わんとするところは、今の入里夜とオウカにはよく分かる。  レオドールやサタン、ファンタリーテといった強敵。彼らとの戦いで晒した致命的な隙。  いま振り返れば、自分たちの圧倒的経験不足、知識不足は明らかであった。 「……お願いします、リューリアさん」 「オレたちを、鍛えてください」  ふたりは、真剣そのものと言える眼光で頼み込んだ。  リューリアは半ばそのつもりだったようで、覚悟を問う視線を入里夜たちに向ける。 「……私は、一度修行をつけると決めたら暦さんのように甘くないわ。あなたたち、この大魔法使いリューリアについて来られるかしら?」 「「はいっ!」」 「――分かったわ。覚悟があるなら、私に任せなさい。一か月……そうね、レオドールに善戦はムリでも、あいつの攻撃を凌いで反撃できるぐらいには鍛えてあげる」  それがどれほど奇跡に近い成長か。レオドールの初撃で轟沈したふたりには嫌でもわかる。  むろん、一か月でそこに至るには、地獄のような修行をこなすことになることも容易に理解できるが、レオドールの攻撃に対処できずとも、反応できるなら立ち回りが大きく変わるだろう。 「その目、そしてその魔力の力強さ。ふたりの覚悟はよく分かったわ。それじゃあ明日から修行を始めるから、今日と同じ時間にここに来てちょうだい」 「あ、あれ? 今日からじゃないんですか?」  入里夜が首をひねると。 「今日は一日ゆっくりして、十分に英気を養ってちょうだい。万全以上の状態でないと、本当に死ぬわよ? まあ、その間にふたりにあった修行メニューを確立させたいから、というのが一番なのだけれど」 「「…………」」  さらっとそんなことを言ってのけるリューリアにビビりながら、入里夜とオウカはひとまずセルジュークの街に帰るのだった。
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