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そして翌日、入里夜とオウカは決意を新たに、出かける準備を急いでいる。ふたりのせわしない動きがひと段落したところで、ケルトが。
「入里夜さま、オウカさま。本日より、リューリア殿のところで修行でございますね」
「うん、なんかものすごく大変そうだけど、私がんばるから」
「ああ、鈴宮家の現当主として、これしきの試練、乗り越えてやる」
気合充分のふたりに、ケルト、雷羅、梓は笑顔でうなずいてみせる。
三人にうなずき返し、いよいよ出発というとき、入里夜はふと思い出して妹に視線を向けた。
「そう言えば梓、きのう街の剣術大会に出たんでしょ? なにか進展あったの?」
「あ、そっか。昨日は私が帰るの遅かったから、すでに寝てた姉さんとオウカさんには言ってなかったわ」
梓は姉の問いではっとして、昨日のことを語る。
「姉さんの言うとおり、私は昨日剣術大会に参加したわ。結果から言うと、準優勝って感じ」
彼女の戦績に、おおっ、と賞賛の声をもらす入里夜とオウカ。
確かに梓の剣技は月宮最強と言われるが、それでも総合的な戦闘力や戦闘経験を踏まえれば、実力はまだまだ。
それこそ、強敵との連戦を経験してきた入里夜のほうが、まだマシというのが現状だろう。
しかし、剣に腕の覚えのある者たちの中で準優勝するということは、天賦の才というべき戦闘センスで、平凡にもほど遠いということ。
そして、これまでの修行の結果でもある。特に、サタン浄化後、彼女が母である暦と毎日のように手合わせし続けてきたことは大きいであろう。
「十分凄いけど、準優勝ってことは、その梓ちゃんでも敵わない相手がいたのか」
あごをなでながら、オウカが多少の興味を抱いてつぶやいた。彼にうなずいて見せると、霜月の巫女は続ける。
「オウカさんの言うとおり、彼女は強かったわ。私の剣が全く通用しないし、結局一方的にやられちゃったもん。でも、私も剣を鍛えてきたひとりとして、一発も入らないのが悔しかったから、必死に食らいついて、最後に何とか一撃入れたの」
「わあ、やっぱり梓すごいね」
と、顔を輝かせて妹の功績を喜ぶ入里夜。そして梓は、少し誇らしげに締めくくった。
「それで、その人に目を付けられて……。話をしたら、一か月のあいだ師匠として私を鍛えてくれることになったの。確かにまだまだだけど、すごく才能があるし、何よりその強く気高いあり方が気に入ったって」
「おお、それは……」
「良かったじゃん、梓」
「うん、だから私も今日から修行よ。――姉さん、私だって負けないんだから」
そう言って得意げに胸をそらす妹に、入里夜は笑顔で応じる。
「私だって、魔界最強の大魔法使いさんがお師匠さんだもん、絶対に強くなるから」
「皆さま、気合はこれ以上ないほど十分のようですね。では、お気を付けていってらっしゃいませ」
感無量と言わんばかりのケルトに送り出され、入里夜・オウカはヴェンガール山地へ、梓はセルジュークの街へと出かけて行った。
「――それじゃあケルト」
「ああ、俺たちも研鑽に励むとしよう!」
三人がいなくなった屋敷の裏庭で、ケルトと雷羅も修行を始め、親友としてますます互いを高め合うのだった。
――さて、リューリアという、こと魔法を学ぶにおいてこれ以上ないというべき師匠を得て、気合い十分で彼女の館を訪れた入里夜とオウカ。
しかし彼女たちは、まったく想像していなかった事態に直面していた。
そう、雑用係である。それも、ただの雑用係ではなく、少しでも気を抜くと文字通り痛い目に遭う。
「――きゃあ! ――ひ~ん、痛いよお」
魔力調整をミスした入里夜が、手にしたほうきが爆ぜたことによって吹き飛ばされた。
ぺたんと座り込んで半泣きの巫女。そして、彼女を気遣おうと一瞬気を逸らしてしまったオウカは、両手に持っていた井戸水満載の木桶の爆発で飛ばされた。
当然、木桶に入っていた水は空にまき散らされ、爆発の要因となった少年を頭から濡らす。
残念な姿となったオウカだが、自らは二の次と言わんばかりに気にせず、入里夜のもとへ。
「……いってえな。入里夜、大丈夫か?」
「う、うん。ごめんねオウカ、私のせいでびしょ濡れに……。ほら、拭いてあげる」
「気にすんなって、これぐらい、なんてことねえよ」
と、言いつつお互いを輝く目で見つめ合うふたり。
はたから見れば、その空間だけさぞ甘い桃色に満たされていただろう。
「……ちょっとあなたたち、修行しに来たの? それとも、そのいちゃラブを見せつけに来たのかしら?」
少しの怒りとそれを軽く凌駕する呆れが混ざったリューリアの声に、バカップルはハッとして我に返った。
「で、でもリューリアさん、これで本当に強く慣れるんですかあ? ここに来るなり雑用しかしてない気が……。確かに、道具から放たれる魔力に対抗しないと爆発するけど」
「あら、私のやり方に文句でもあるのかしら? 嫌ならいつでもやめてもらって構わないわ」
「……べ、別にちょっと痛いだけで嫌とかじゃないですけど」
入里夜が両手の人差し指をつんつんと突き合わせながらもじもじ言うと、リューリアはふうとため息を漏らし。
「まあ、一か月という期間で成長できるか。という心配をしたくなるのは分かるけど、最初に言ったとおり、焦りは禁物よ。その雑用だって立派な修行の一環なんだから」
「……は~い」
入里夜はしぶしぶ納得し、リューリアが直々に魔法を施したほうきで館の玄関先の掃除を続けた。
一方館の中では、水汲みを終えたオウカが雑巾がけに勤しんでいる。むろん、その雑巾もリューリアお手製であった。
――時は遡ること数時間。
かの大魔法使い・リューリアは、入里夜たちが到着し、「よろしくお願いします」と元気よく頭をさげた瞬間、入里夜にはほうきを、オウカには木桶と雑巾を渡したのだ。
そして、謎の掃除道具を受け取ってきょとんとするふたりにこう言い放った。
「最初の修行は、私の館の掃除よ。入里夜ちゃんは館と周囲の掃き掃除。で、オウカ君は裏手にある井戸から水汲んできて、それは室内の水がめに。あとは、その水と雑巾で室内の拭き掃除をお願い。ただ、気を付けてね。そのほうきや雑巾には私がちょっとした魔法をかけてるから」
最低限の説明に対し、オウカが情報を追加で聞き出そうとしたとき。彼の右手に握られた雑巾と、入里夜が両手で大事に持っていたほうきに金の魔方陣が浮き上がった。
首をかしげる二人に一切の慈悲は与えられず、掃除用具たちが爆ぜたのだ。
爆ぜたと言っても、ほうきや雑巾そのものが爆発したのではない。
浮き上がった魔方陣から大量の魔力が発生し、その魔力が爆発したのである。
それも、すべての魔力を爆発に使うのではなく、道具が壊れないよう、それらを必要な魔力でしっかりプロテクトしたうえでの大爆発だった。
そんなこんなで訳も分からず吹き飛ばされ、半ば放心状態のふたりに、リューリアはようやく必要な情報を提示したのだ。
ふたりが使う道具には、
『魔力を持つ者が触れていると、ランダムで魔力を放ち、それを程よい魔力で制圧しなければ爆発する』という魔法がかけてある。
制圧自体は、ただその道具に自らの魔力を流すだけだが、爆発する前触れとして魔方陣が現れ、それが出現してから二秒以内に制圧しなければ、めでたく真っ黒になるわけだ。
それを聞いて、掃除道具を投げ出すふたりに、リューリアは、
「だからって、バカみたいな魔力を流せば暴走して爆発するし、弱すぎても抑えきれずに爆発するから、調節してね。あと、一日爆発しなくなるまで、次の修行には進まないから頑張ってね」
と。
そこから現在に至るまで。ふたりは理不尽な爆発におびえながら、今も館の掃除に勤しんでいるというわけである。
そして、昼前には掃除を終わらせた入里夜とオウカだが、もはや何度吹き飛んだか覚えていない。
「や、やっと終わったあ……」
「ちょっと待ってくれよ。これ、本当に一日一回も爆発させずになんて行けるのかよ」
掃除道具を放り出し、館の庭先に座り込むふたり。オウカが漏らした文句を聞いたリューリアは、
「ええ、私こう見えても絶対に不可能なことはさせないわ。とにかく、お掃除ありがとう。ちょっと早いけどお昼にしましょう。裏庭に木のテーブルがあるから、そこに座って待っていてくれるかしら?」
と言って館の中に姿を消した。
「「?」」
入里夜とオウカは、顔を見合わせて小首をかしげたが、とにかく言われた通り館の裏手に回る。
そこにはリューリアの言葉どおり、こじゃれた木のテーブルとそれを囲む椅子が四脚あり、ちょっとしたホームパーティーができそうだ。
まさに、のどかな森の館という雰囲気である。
……油断したバカップルが仲良く座ると、イスが爆発したことを除けば、だが。
入里夜とオウカはほぼ真上に吹っ飛び、尻から不時着した。
「ううぅ……い、いたい、よお」
「ま、マジか……。う、嘘だろ……椅子はだめだろ、イスはよお」
あまりにも予想外の現象に、ぽかんと座り込んでいるふたり。そこへ、リューリアが木の盆を持って現れた。
「あら、さっそく油断したようね。私の館にいる間は常に修行中なんだから、あまり気を抜かない方が良いわよ」
彼女はそう言いながら、盆に乗っていたものをテーブルに並べる。それをみた瞬間、ふくれっ面で腰をさすっていた入里夜の目が輝いた。
「……わああ! リューリアさん、これは!」
「ふふ、良い反応ね入里夜ちゃん。私も作った甲斐があるというものよ」
机には、バターとはちみつたっぷりのパンケーキと香り豊かなミルクティー。そして色彩に富んだフルーツの盛り合わせが所狭しと並べられた。
これにはオウカも思わず目を輝かせ、尻の痛みも忘れて立ち上がる。
「こ、これ、リューリアさんが作ったんですか⁉」
「ええ、大魔法使いたるもの、料理は基本スキルだもの。さあ、冷めないうちに召し上がれ」
普段は自分の一切を誇らない彼女が、心なしか自慢げに胸を逸らしたが。その味は、リューリアの態度も納得のものであった。
ようやく慣れ始めたフォークとナイフでパンケーキを切り分け、口に運んだ瞬間、入里夜の目が驚愕に見開き、次いで表情が文字通り溶けていく。
「――⁉ な、なにこれえ、リューリアさん、これはもう反則です、こんなの、手が止まらないですよお! バターの風味も最高だし、このフワフワ感もヤバいです」
「くすっ、そんなに褒めても……トッピングのまあまあ美味しいクリームと絶品のメイプルシロップぐらいしか出てこないわよ?」
「いやいや、めちゃくちゃ出てくるじゃないですか」
そう言いながら、オウカはすでにそれらをおかわりしたパンケーキに塗りたくっている。
「あ、ちょ、オウカってばずるい」
「入里夜ちゃん、そんなに心配しなくても、まだまだあるわよ」
苦笑しながら、自らもトッピングもりもりのパンケーキを堪能するリューリア。
入里夜との相違点を上げるならば、いくら美味でも食べ方がお上品の極致であるということであろうか。
その後、すっかり満腹で上機嫌になった入里夜とオウカは、再び雑用をこなす中で何かと爆発して黒くなるも、今度はおやつにと出された、リューリアお手製のチョコレートケーキで再び溶かされるのだった。
そんなこんなで初日の修行を終え、ホクホクの笑顔で戻ってきたふたりを見て、大将軍とその親友である龍使いは、密かに言葉を交わす。
「……な、なあケルト」
「う、うむ。リューリアどのはかなりの策士らしい」
「ふたりとも、彼女の巧みな飴と鞭に見事はまってるな」
苦笑するふたりの前では、バカップルが明日の修行も楽しみだとはしゃいでいるのだった。
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