第一章~大魔界の夜襲~

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 暦は魔力がやどるくしを持っていた。娘である入里夜の髪をとくためのものである。 月宮家には、「就寝前に母親が娘の髪をとかし清める」という三代つづく習わしがあった。  暦は鏡台のまえに入里夜を呼んですわらせ、持っていたくしで入里夜の髪をとかしはじめる。  その動きからは、子にたいする母としての愛情が感じられた。 「いつも思うけれど、あなたの髪は私に似ててほんと綺麗ね~」 「本当? 私の髪、お母さんに似ているの?」  入里夜のといに、暦は笑顔でうなずいてみせた。母の笑顔をみて、入里夜もおもわず微笑んだ。  入里夜がよろこび、声をあげるのには、むろんそれなりの理由が存在した。    暦の髪は入里夜に劣らないばかりか、彼女の髪の十倍は上をいく美しさといわれる。  暦が「私の髪に似てきれいだ」と、自画自賛するのに十分な資格はあるだろう。  月界でも、暦の髪はきれいであるとたいそう人気があった。  そこへちかづいている、と本人が認めたので入里夜は素直によろこんだ。  暦のつぎの言葉は、舞いあがっている入里夜をさらに喜ばせる。 「……そうね、あなたがもう少し大きくなるころには、私の髪のようになっているかもしれないわね」  入里夜は声にこそださなかったが、にこりという愛らしい笑顔で喜びを表現した。  入里夜は、ふと素朴な質問を母に投げかける。 「ねえお母さん、今夜はおそかったね。なにかあったの?」  確かに、暦が入里夜の部屋を訪れる時間がいつもより遅かった。  暦は少しびくっとして「ええ、まあ……」と、気まずそうに答え、確信的なところはにごした。  入里夜が本の虫なら、暦は大の風呂好きなのだ。今宵もつい長湯してしまい、途中で眠りこけて(おぼ)れかけたのである。  先だって娘に時間を忘れるなといったが、実のところ人のことをいえるわけでもなかったのだ。 さいわい入里夜は眠気に襲われ、それ以上追及しようとはしなかった。 「入里夜、終わったわよ」  髪をとかされる気持ちよさと強烈な睡魔でうたたねしていた入里夜は、終わりを告げる母の声ではっと意識を取り戻した。 入里夜は目をこすりながら起きあがり、母に可憐(かれん)な笑みをかえす。 「ありがとうお母さん」  暦もさすがに眠りが恋しいようで、小さくあくびをすると鏡台のまわりを片付けた。
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