百足坂

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 この村は過疎の村だ。村唯一の学校は全学年合わせて十人程。そして中学に上がると、歩いて一時間以上かかる町まで行かねばならなくなった。その町は電車も通っていて、都会までそう遠く無かったからか、そこそこ洒落ていた。  そうして、“彼女”はそこで苛めにあった。  “彼女”の何が町の子達に受け入れ難かったのかは解らない。田舎っぽい土臭さか、やぼったい髪形か、あるいは一歩も引かない我の強さか。  最初はこれ見よがしなひそひそ話から始まって、上履きを隠され、教科書を破かれ、彼女が喋ると周りはクスクス。ちょっとでも距離が詰まればキャアキャア走って逃げだす。漫画かドラマで使い古されたような内容だが、やる方は大真面目だし、やられる方もなんのかんのといって、実害は発生する。  “彼女”はそれでも苛めに屈し無かったが、しかしてそれは見事に逆効果を呼び起こし、悪化の一途を辿っていった。  多分、そんな中の、いつかだと思うのだ。彼女にその話を聞いたのは。  ――百足坂を進んで  ――百階段を登り  ――お百堂で、百度参り  「毎日午前一時に、誰にも見つからずこっそりと。  これが達成できたなら、呪いが成就するんだよ」  “彼女”が験を担ぐ、『百』という数字を徹底的に使ったそれ。一時、というのもデジタル表記にすれば1:00だからだろう。1:00、100、百、というわけだ。秘事を囁く彼女の顔は、まるで夢見る乙女みたいにほころんでいた。  結果から言えば、彼女の呪いは成就しなかった。苛めグループは今も元気でニコニコ笑っているし、“彼女”はとっくに彼岸の向こうだ。  ある日の朝、“彼女”はこの百階段の下で死んでいるのが見つかった。傾斜の鋭いこの階段は、落ちたら大人でもタダでは済まない。その日、“彼女”の母親はいつも通りに“彼女”を起こしに行き、布団がもぬけの殻である事に気が付いたらしい。大人達は村中を探し回って、ようやく見つかった“彼女”の体は固く冷たくなっていたのだという。  頭上で梢が揺れる。無数の何かが蠢いている――ざわざわ、ざわざわ。  祐二は足を早めた。すでに九十九日続けた呪いだ、今更何を恐れる必要があるのか。  だのに今日は何故か…異様に周りの音が、風景が気にかかる。まるでコレを始めた初日の気分だ。暗闇への恐怖、未知への期待。  最後の、百段目を数え終えた時…どくん、と足元が脈打った気がした。  実際の所、“彼女”が百度参りそのものを達成できたのか否かは解らない。彼女が死んだ晩が百日目だったかもしれないし、その帰り道に足を踏み外した可能性だってあるのだ。  祐二だって、この呪いを無条件に信じているわけではない。ただ、何かに縋りたかった。何か確かな救いが欲しかった。  “彼女”が死んで、苛めグループは標的をあっさりと祐二に変えた。祐二にとっては青天の霹靂であった。それまで他人事だった筈の数々の所業が降りかかり、そして当たり前のように助けてくれる者など誰もいなかった。  憔悴していく中で、ふと思い出したのが“彼女”の言った呪いだ。“彼女”が百度参りを達成できたとは限らない。あの日が百日とは限らないし、あるいは行きで足を踏み外いた可能性もある。――もしかしたら、そう、もしかしたら呪いはあるのかもしれない。  午前一時、百足坂を進んで、百階段をのぼり、お百堂に百度参り。  それで、そう。苛めグループに呪いが降りかかったら?  最初は半信半疑と、ちょっとした期待。百日目の今となっては、期待と、あとは達成感。  こんな時間に一人で家を抜け出すのはちょっとドキドキしたし、暗い山道を進むのはスリルがあった。仄暗い目的の為とはいえ、何かを一つ成し遂げるという行為は結構楽しかったのだ。今日で終わる行事だが、苛められる毎日ながらも期待を胸に行動し続ける、というのは一種の悦楽だった。
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