百足坂

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 下りの階段は上りよりも危なっかしい。祐二は真ん中の坂を悠々と降りる。親は祐二の不在に気づいていないだろうか。帰宅途中で誰かにみつからないだろうか。家に帰りつくまでスリルは続くのだ。下りながら、階段の段数を数えるのも忘れない。――二十、二十一、二十二。節付けて歌いながら数えてみようか。…何て馬鹿な事を考える。  ――五十。   半分にさしかかったところで、…また足元が脈動した気がした。足を止めて、地面を蹴ってみる。固い石の感触があるだけだ。ざわざわと周りの梢がざわめいて、階段に落ちた影が蠢いた。――ざわざわ、ざわざわ。  ――六十九、七十、七十一。  ふと、うなじに「ふっ」と息を吹きかけられた気がした。多分、ただの風だろう。けれども、その風は生暖かくて…。  ―――九十八、九十九、百。  両側の階段が蠢いている。足元で坂がうねうねとその体を…。  ―――百一、百二、百三。  出口が見えない、どこまでも続く下り階段、真ん中に坂道、両側に無数の階段。「ふっ」「ふっ」とうなじに呼気がかかって、足元からぞぞっと怖気が這いあがってきた。それはまるで、無数の百足にでも集られているかのように。いつかの上履きの中、無防備に突っ込んだ祐二の足。その中でひっそりと潜んでいた大きな百足。  「――百十、百十一、百十二」  声に出して、数える。その声はすでに涙声だ。背後から、声がかかった。  「ゆ、う、ちゃ、ん」  いつの間にか、祐二の足元は黒く艶光する外骨格。その両側でオレンジ色の足が無数に――わさわさ、わさわさ。  「ゆ、う、ちゃ、ん」  ――ああ、何で事だ、何て事だ、何て事だっ!  ――やめろ、やめてくれ、来るな、来るんじゃないっ!!  ――俺は何もしていない、俺はお前を苛めてなんかいない。  ――見てただけだ。無関心だっただけだ。何で俺なんだ、俺じゃない、俺は悪くないっ!!  「い、っしょ」  白く細い腕が、祐二の首に絡んだ。そのまま、優しく後ろを振り向かされる。    「ゆ、う、ちゃ、ん、いっ、しょ―――ずっ、と、いっ、しょ」  ―――ああ、何て事だ。彼女は百度参りを成功させていた。    足元から、ぞろりと伸びる百足の胴体。うぞうぞと蠢く無数の脚、巨大な百足の体が首をもたげて、その先端に生えているのは“彼女”の上半身。彼女の口は大きく裂けて、伸びるのは百足の大顎。獲物を求めて閉じたり、開いたり。  そうだ。そういえば“彼女”から百度参りの話なんて、いつ聞いたのだったか。  “彼女”が苛めの標的になってからは、距離を取って、村でも近寄らないようにしていたのに。“彼女”が死んだ時だって、その理由を知らなかった筈なのに。  百足の大顎が、がちん、と音をたてた。
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