100まんえんのつかいみち

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 あれから三か月。  無事に彼女との仮の友達関係は続いていた。放課後はゲーセン行ったり、カラオケ行ったり、休みの日は隣町の動物園とか遊園地に行ったりだとか、いかにも『友達』らしいことをしている。今はコンビニで買ったサンドイッチを公園のおしゃれなベンチに座って食べている。  もちろん、彼女から受け取ったお金は彼女のために使っている。バレないように彼女から受け取ったお金で彼女の分を払ってる。彼女は自分の分は自分で支払っているが、その分のお金は上手く彼女の元に戻るようにしている。  俺は俺で彼女のお金は一切使わず、今まで使い道のなかったお年玉貯金を使って支払っている。  彼女の受け取ったお金は、残り一万円。  『友達』でいられるのは最大で残り一ヵ月か、遠出すれば残り半月。  彼女との友達関係が終わるのは、正直すごく寂しい。出来ればこのまま『友達』でいたい。  女王様だと思っていた彼女はただ素直じゃないだけのつまりはツンデレなだけだった。話していると面白いし、わざとこちらが素直になれば彼女は照れてくれるから見ていて面白い。それに、高嶺の花だと思っていた彼女は案外俺の妹と同じくらい子どもで扱いやすかった。何より、『友達』になって分かったことだが、彼女は小さなことですぐ笑う。普段から笑っていたら友達が出来るのだと思うのだが。  まだ『友達』でいられるきっかけが欲しい。最近はそればかり考えている。 「ちょっと、この私の話を聞いてないの?」  少し間違えた。ツンデレでナルシストだった。 「悪い、ちょっと考え事してた」 「最近ずっとそうじゃない。友達なんだから聞いてあげないこともないわよ?」  上から目線な言い方だけど、すごく心配そうな顔をしてる。それも『友達』としてだからだろう。『友達』じゃなくなったら心配なんてしてくれない。 「別に大したことじゃない。妹が食べ物の好き嫌いが多くなってどうしようかなと」  誤魔化しでもうひとつの小さな悩みを伝えると、彼女は飲んでいたジュースから口を離した。 「まさか、桐生(きりゅう)が料理してるわけじゃないでしょう?」 「そのまさかで悪かったな。仕事が忙しい両親に変わって料理してんだよ」 「桐生って本当に見た目で損してるわよね」  哀れむ目がすごく痛い。しかも本人は分かっててわざとやってる。口元が笑ってるのを隠せてない。 「卯月(うづき)もな」 「どういうことよ」 「見た目のせいで色々苦労してるだろ?」 「そう、そのことを話してたのよ!」  自分に対して自信満々。さすがナルシスト。自分の容姿が褒められても否定しない。普通のJKなら「そんなことないよ~」とにやにやと笑うはずだ。JKはお世辞が大好きだから。 「ストーカーを撃退してほしいの」 「前は関係ないって言ってたのに?」 「あの時とは違うストーカーなの。それに、あれは友達になる前じゃない。今は友達なんだから助けてくれてもいいでしょう?」  さらっとすごいことも言ったけど、卯月が助けを求めるのは初めてだった。それを新鮮に感じてる場合ではない。それほどやばいことになっているということだ。ちゃんと考えて対策を練るしかない。素人より警察の方がいいだろうけど、それは卯月だって分かってるはずだ。 「警察には?」 「もちろん相談したわよ。言われた通りにはしてるけど、全然だめ。ずっとつきまとってくるし、今もいる」  卯月はジュースのカップに隠した手で俺の後ろを指差してる。あの日から持ってる鏡で自分の顔を見ているふりをしてストーカーを見ると、黒いニット帽と黒いサングラス、チャラチャラした格好、思いっきりヤクザみたいな人物がこちらを覗き見ていた。 「なんかやばいことでもした?」 「するわけないでしょ」 「だよなぁ」  美人な卯月にヤクザと関係があるとは思えない。一目惚れからの叶わぬ恋でストーカーになったと考えた方が納得できる。見た目通りのヤクザなら手を出すのは後のことを考えると結構危ない。その危険を顧みないことが『友達』なのだとしたら、選択肢はひとつだ。  半分ちょっとあったサンドイッチを一口で食べきって、深呼吸をして立ち上がる。そのまま隠れてるヤクザの元に歩いて後ろから声を掛ける。ついでに、いつもはしない眉間に皴も寄せてヤクザを睨んだ。 「あんた何してんの?」 「おめぇには関係ないだろがよぉ」  ヤクザは睨み返してきて固い拳を避けなかった俺の頬にぶつけてきた。殴ってきたが正しい。だからこれからすることは正当防衛になる。  ふぅと息を吐いて手と腹に力を込める。姿勢を正していつもより身体を大きく見せる。ヤクザがもう一回殴ろうとするのを横に避けて、身体を揺らしながらヤクザがこちらに振り返るタイミングで殴りかかる。やられた分の一回だけヤクザの頬に拳をぶつけた。ヤクザは尻もちをついて、驚いた顔でこちらを見てきた。 「関係ある。あいつは俺の友達だ」 「とも、だち?」 「あぁ、友達だ。だからこれ以上、あいつにつきまとうな。分かったか」  睨みを強くする。  ヤクザが睨み返してくることはなかった。代わりに、楽しそうに笑っていた。  なんでかと不思議に思っていたら、後ろから卯月が「何してるの⁉」と驚いた声を上げて俺たちの方に走ってきた。 「桐生も兄さんも、どうして喧嘩してるのよ⁉」 「兄さん?」  驚いて二人を見比べていると、ヤクザだと思っていた卯月のお兄さんが笑いながらサングラスを外した。瞳の色が卯月と少し似ていた。  色々と勘違いして、大変なことをしてしまった。 「すみません!痛かったですよね」 「いやいや、俺の方こそ悪かった!」  ドラマで見たことある「この通りだ」みたいに頭を深く下げてくるヤク、お兄さんにどうすればいいのか戸惑ってしまう。見かねた卯月が頭を抱えながら「桐生が困ってるわよ」と声を掛けて、頭を元の位置に戻させた。 「言い訳じゃないんですけど、ストーカーなのかと勘違いしました」 「俺もそうだぁ。李花(りか)がストーカーと直接話してるのかと」  卯月がため息をついた。そして、大きく息を吸った音が聞こえた。 「二人とも本当にバカ! 二人以上に強い人だったらどうするつもりだったの?」 「何とかなるだろ」 「さすが、李花の友達やってるだけあるなぁ!」  お兄さんは横に立って背中をバシバシと叩いてきた。俺とお兄さんの間にいた李花が睨んでいるのは気づいてないらしい。あー、美人のにらみほど怖いものはない。 「李花!」 「何よ」  ちゃんと見えてるはずなのに、お兄さんは不機嫌な顔の李花をまったく気にしていない。なるほど、慣れているのか。さすが、卯月のお兄さんだ。 「友達はちゃんと大切にしろよ」 「そんなこと分かってるわよ」 「そういえば、あれどうしたんだ?」 「あれって何よ」  兄と妹の関係ってこんな感じなのだろうか。俺と俺の妹との関係とだいぶ違う。俺の妹は卯月のように冷たくはないし、むしろかまってちゃんの甘えん坊だ。中学一年生にしては心配になるくらいに甘えてくる。もう少しで卯月のようになってしまったら、それはそれで悲しいけど。 「貯めてたお金」  さすがに「それをあげたから仮の友達になった」とは卯月も答えないはずだ。どう嘘をつくのだろうか。 「もう使い切るわよ」  さらっと嘘をついた卯月の目は揺れていた。それでいてどこか怯えている目だ。  横目でお兄さんを見ると、お兄さんはそのことに気づいたのか、気づいていないのか、どちらか分からないけど驚きを隠せない表情になっていた。 「あれは、母さんのために貯めたんだろ? どうやったら使い切れるんだよ」 「こうやって毎日遊べばなくなるわよ。ねぇ、桐生、残り一万円ってところよね?」  俺は一度だって、卯月にあとどのくらい残っているのか教えたことがない。卯月がその度に計算しているなら出来なくはないだろうけど。 「もしかして気づいてたのか⁉」  思わず大きな声で言ってしまった。お兄さんの「どういうことだ?」と訳の分からないといった声で余計恥ずかしくなって耳が熱くなったのが分かる。 「桐生は確かに勉強できる方だけど、私の方が頭いいのよ?」  知ってる。卯月は容姿端麗で成績優秀で運動神経抜群の自分のことをよく分かってるし、その通りだし、俺もそれは分かってる。だから細心の注意を払って、バレないように店員さんと話をして卯月の分を支払った。それに、卯月が支払ったお金を店員さんから預かって、これまたバレないように卯月の財布の中に戻していた。ついさっきのコンビニでもそうしていた。 「いつから?」 「最初からよ」  バレていないと思っていたのがバレていた。  俺は耐えられなくなって自分の大きな手で自分の顔を隠した。 「ちょっと、俺にも分かるように話してくれよぉ」  すごく寂しそうな声が隣から聞こえてきた。  お兄さん、やめてくれ。これ以上は恥ずかしい。 「いいわ。特別にぜーんぶ教えてあげる」  どエスだ。声だけで、ものすごく楽しそうに笑っているのが分かる。俺が恥ずかしがっているのを面白がってる。 「まずそうね。お母さんんにバイトしているのがバレちゃって、丁度貯めたお金を自分のために使いなさいなんて言うんだもの。出来るわけないじゃない。だから、桐生にあげることにしてね」  出来るわけない。までは分かるけど、無関係な俺にあげることにしたというのが少し意味が分からない。どこかに寄付するなりすれば良かったのに。 「それでね、友達になって桐生の使い道を観察することになって。でも、桐生は私からもらったお金で私の使った分を支払っていたのよ。それも私に気づかれてることも知らずによ?」  可笑しくてたまらないといった様子で、卯月は「ふふふ」とどこかのお嬢様みたいに笑った。お兄さんは首を傾げながらも「なるほど?」と声に出した。  俺は確かめたいことが出来て、顔から手を放して卯月の目を見た。 「使い切るまでって話だったから、気づいてても友達でいてくれたのか?」 「まぁ、それもあるけど、面白いと思ったのよ」 「面白い?」  頭に浮かんだ言葉をお兄さんが代わりに伝えてくれた。偶然だろうけど。 「えぇ、面白いじゃない。いくら友達がいなくても使いたいことはあるはずなのに、私の分に使ったのよ?」  使い道がなかったわけではないけれど、申し訳ない気持ちが上回って卯月の分を払っていただけなんだが、それが卯月にとっては面白かったらしい。いままで見たことないくらいのとっても良い笑顔をしている。 「思ったんだけどよぉ」 「なぁに?」  とっても機嫌のいい卯月はお兄さんに優しく答えた。まぁ、可愛い。けど、いつもと違うから怖いと言えば怖い。 「きっかけは金だったかもしれないけどよぉ、お前たち二人は友達でいいんだよなぁ?」  卯月も俺も「え?」と間抜けな声を出してしまった。  お金で繋がってる友達。それも使い切るまでの関係だ。だから、お兄さんの考えてる純な友達ではないだろうし、それを願っていてもお金がなくなれば友達関係は終わって、純な友達にはきっとなれない。卯月だって同じ考えだと思う。 「いや、きっかけがお金なら、終わるのもお金なんで」 「そうよ、何おかしなこと言ってるのよ」  いつも通りのお嬢様口調だけど、卯月の声は弱々しくて寂しそうだった。 「俺は頭はわりぃけど、お前たちの方がおかしなこと言ってる。他人の目から見たって、お前たちは恋人より友達だって思うぞ。さっきはよく見えなかったけどよぉ、お前たちのやりとりが友達だって証明してる。金がなくなって終わる関係だとは思えねぇよ」  言い返す言葉を探しているうちに、お兄さんは「二人で考えろ」と言って公園を出ていってしまった。  卯月を見ると目が合った。気まずそうに目をそらす卯月の頬を少し赤くて、何かを恥ずかしがっているようだった。多分、俺もそうなっているのだろうなと考えてから口を開いた。 「あのさ」 「なに?」 「これからも友達でいてくれるか?」 「別にいいわよ」  まだ目を合わせてくれない。でも、嬉しそうな声で答えてくれた。  だから、もう一歩だけ勇気を出すことにした。 「これからもよろしく」  真っ直ぐ手を出すと、卯月も真っ直ぐに手を出して俺の手を握ってくれた。 「よろしく」  小さな手に力を込めて、小さな声で卯月はそう言った。  そんな卯月がいつもと違いすぎて、可笑しくて可笑しくて、失礼だと分かっていてもつい笑ってしまうと、卯月は手を振り払って長い足で脛を思いっきり蹴ってきた。  激痛で脛を抑えてしゃがみ込めば、卯月は満足そうに笑った。 「私の勝ちね!」  この町で一番強いヤンキーを負かした。この事実が噂になれば、卯月はこれからこの町で一番強いヤンキーになる。ますます友達が出来なくなるだろう。  けど大丈夫。俺がずっと友達でいてやる。
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