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100まんえんのつかいみち
長い午前の授業が終わり、お腹が空ききってるお昼休み。人気のない旧校舎の階段の踊り場。
靴箱に入っていた手紙の指示通りにその場所に足を運ぶと、学年一、いや学校一の美人が俺を待っていた。
呼び出された理由を考えても告白ではないことは、彼女の分かりやすい不機嫌な顔から見て取れた。そもそもクラスは別、他にも何の関わりもないからそんなことはあり得ない。
「遅い」
「わ、悪い」
特に時間指定されてなかったはずだが、彼女の気迫に押されてつい謝ってしまった。
彼女はそれでも不機嫌な顔を崩さずに、制服のポケットからはみ出ていた茶封筒を取り出した。どういうわけかドラマで見たような分厚い茶封筒を差し出してくる。
「これあげる」
「どーも」
適当に言葉を返して、茶封筒を受け取る。
「中身は何が入ってるんだ?」
「見てみたらいいじゃない」
彼女は呆れたように言った。初めて話をするのには随分と不愛想だし、結構な女王様な気がする。友達のいない俺だってもう少しくらい愛想よくできるはず。
まぁ、文句を言うのも面倒で仕方なく(気になってはいたけれど)黙って茶封筒の中を見ると、想像した通りのものが入っていた。数としてぱっと見百くらい。どうしてそんな数を持っていたのかは気になるけど、何もしてないのにこれは受け取れない。黙って封をして彼女に差し戻す。
「受け取ったものを返すなんて失礼じゃない?」
やっぱり彼女は受け取らなかった。腕組をして拒絶してる。
「急にこんなものを渡す方もおかしいと思うけど」
「そうかしら?」
「考えてもみろ。午前終わってやっとご飯が食べれる時間に呼び出されて、どこから持ってきたのかも分からないものを渡される。どうだ?」
「言いたいことは分かるけど、それはちゃんとしたものよ。盗んできたわけじゃないし」
すぐに反論がきた。嘘をついている様子もないし、嘘をつけるような性格ではなさそうだ。とりあえず盗んだわけじゃないことは頭に入れておく。
でも、そしたらどこからこんなものが出てくるのだろうか。誰かからもらったとは考えにくいし、ここまで自力で集めるとなれば相当な時間と労力が必要だ。校則でアルバイトは禁止されているし、もしかしたら売春とか。いや、それはあまり考えたくない。
そもそもどうして俺なんかにあげようとしているのだろうか。美人でストーカーに困っているから警護してほしいと言われても困る。見た目はやんちゃで強そうに見えるのかもしれないけど、喧嘩はそこまで得意ではない。他人から言わせれば得意なのかもしれないけど、それは喧嘩を売られるから仕方なく喧嘩してるだけで、本当は痛いのが大嫌いなのだ。
「変なこと想像しないで。売春もしてないし、ストーカー、には困ってなくはないけど貴方には関係ない」
ここまで考えていることを読まれると結構怖い。心が読める系の女子だったりしたら、やっかいだ。早くこの場を離れたい。
「言っておくけど私に心は読めない。貴方が顔に出やすいだけよ」
「え、ほんとか?」
頬を軽く引っ張ったり、叩いたりして表情筋を確かめるけど、自分の顔はよく分からない。鏡が欲しい。なるほど。だから女子たちは鏡を持ち歩いているのか。初めて知った。
「本当よ。変な顔もしないで頂戴」
「ごめん」
「すぐそうやって謝るのね。全く、この町で一番強いヤンキーじゃないの?」
周りが勝手にそう言ってるだけで、俺よりも強いヤンキーはいると思う。確かに喧嘩で負けたことはないけど、この町は広いし、田舎だし、ヤンキーはほとんどいないし、そのなかで一番強いと言われても、他の地域のヤンキーよりは強くないと思う。
見た目のせいもあるけど、そう言われるせいで友達が出来ないのだ。喧嘩をしなければいいのだろうけど、勝手に殴られるのはすごく痛いし、それを防いでいたら相手が勝手に負けている。全くもってどうすればいいのか分からない。
友達が欲しい。
授業だって寝ないで真面目に起きてるし、学校だってサボらず毎日来てるし、学年トップの成績も維持してるのに、どうして一人も友達が出来ないのか。見た目がいくら怖そうでも、成績が良かったら普通は優等生として歓迎されるはずなのに。噂さえもなくなるはずなのに。
「これ返す。カツアゲしてるって噂されたら嫌だし」
「誰も見てないから大丈夫よ。私と貴方が黙っていれば噂にもならないわ」
「それはそうだけど。こんな大金貰えない」
茶封筒に綺麗に入っていたのは、お金。百万円。
大人でも一回に受け取るには多すぎるお金。高三の俺はとてもじゃないけど、同い年の子から、それも友達でもなんでもない無関係の子から受け取ることは出来ない。
「一回受け取ったものを返さないでくれる?」
「それさっきも言っただろ。というか、どっからこんな大金用意したんだ?どうして俺に渡す? それを教えてくれたらちゃんと受け取ってやる」
「貴方って、ちゃんと頭が働くのね」
「これでも勉強はできる方だからな」
「そうだったわね」
彼女は腕を崩して、あごに手を当てて考え始めた。悩んでるともいえる。
それにしても、こんなに近くで見たことはなかったけど、近くで見てもすごい美人だな。彼女のために美人という言葉がつくられたといってもおかしくない。一番特徴的なのは瞳の色。星空をそのまま映したような瞳。それが彼女の美しさを全てを表している気がする。
「ちゃんと受け取ってくれるなら、教えるわ」
「分かった。ちゃんと受け取る」
星空の瞳を三回瞬きをして消すと、彼女は小さな口を開いた。
「それは、私が学校にバレないようにバイトして貯めたの。でも、もう必要じゃなくなったから誰かにあげることにしたのよ。貴方は私と接点ないし、友達いないし、丁度いいと思ったから。どう、これで満足?」
得意げに笑った彼女はやっぱり可愛かった。
けれど、俺は満足できなかった。所々隠しているようだし、それが理由なら受けとることは出来ないし、もしかしたらこれから必要になるかもしれない。どうにかして受け取らない理由をつくりたい。せめて、彼女自身が使わなくても、彼女のためのなにか使えるように。
いいことを思いついた。この方法なら、彼女自身は使わないけど、彼女のためになるはず。
彼女も俺と同じで友達がいないのだから。
「ちゃんと受け取る。でも、使い切るまで付き合ってくれないか?」
「付き合うって、男女として?」
気持ち悪いものを見るような視線が痛い。彼女が美人だからなおさら痛く感じてしまう。
「違う。友達になって監視してほしいんだ。変なことに使わないようにさ」
あえて「友達いないなら丁度いいだろ」とは言わなかった。さすがに失礼だし。
それが正解だった。彼女は『友達』という言葉に分かりやすく反応を示した。目を見開いて、嬉しそうに頬を緩めた。良かった。彼女も友達が欲しい子だった。
「仕方ないわね、いいわよ。自分で貯めたお金を変なことに使われたらいやだもの。友達になって付き合ってあげる」
「そりゃどーも」
嬉しそうに笑う可愛い姿に免じて、文句をつくのは止めることにした。
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