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「何処に行ったって私の勝手でしょ!?今更心配するフリなんてしないでよ!!」
一瞬、彼の股間に目をやってしまった自分を誤魔化すように怒鳴り、私は家を飛び出していた。ああ、あんなに立派なモノを持っているのに、何故それを有効活用してくれないのだろう。貿易の仕事とやらがそんなに大事なか。妻とレスになることよりも?この私の魅惑的な身体を目にすることよりも?
――ああイライラする……!この私の魅力がわからない男なんて有り得ない、有り得ないわよ!!
私はいつものバーに向かっていた。胸元を大きく開いた服に、生足を晒して歩けば。それだけで通行人の男達はみんなため息と共に私に見惚れる。この街で一番美しい女は私だ。その誘いを断ることがどれほど愚かであるのか、夫に思い知らせてやらねば気がすまなかった。
同時に。限界も限界だったというのは否定しない。大怪我をしたりクスリを打たれたりしなければ、この際もう路地裏に引きずり込まれても構わないと思うほど私の頭は茹だっていた。自然とハイヒールを履く足が早くなる。危険なことを考えてしまう前に、相手をしてくれる人物を探さなければなるまい。
「いらっしゃい。……おいいおいカティア、今日はまた随分セクシーだな。誘ってるのかい?」
バーのマスターが、私の姿を見て苦笑いしつつ告げてくる。私はいつもの、とつれなく注文した。――過去にはマスターとも寝たことはある。が、太った体つきのわりに下半身が貧相で非常にがっかりさせられたのだ。正直、イッたのは彼ばっかりで、結局私は最後にこっそり自分の指で己を宥める羽目になったのである。あんなつまらないセックスは二度とゴメンだ。彼の人となりも外見も嫌いではないが、夜の相手は二度としたいとは思えない。
自分が求めているのは、逞しくて男らしくて――夫が嫉妬するくらいの極上の男、なのだから。
「誘っても無視されたわよ、あのアホに。なんなのよ仕事って。貿易会社ってそんなに忙しいわけ?」
「荒れてるなあ。会社が忙しいっていうか、規制が厳しくなったせいだろ。警察がピリピリしてんだよ、若い女子供がまたちょいちょいいなくなってるみたいだからさ。船に乗せてこっそり売り飛ばそうとしてる奴らがいるんじゃないかって噂になってんだと。荷物一個動かすだけで山ほど検査しなきゃいけなくて面倒らしいぜ」
「人がいなくなるのなんか、珍しくもなんともないじゃない。今更手を打ったって遅いと思うんだけど?」
「言ってくれるなよ、あっちもあっちで色々あるんだろうさ。怖い方々も睨んでるんだろうし」
激しくどうでもいい話である。私は興味なさげに、出されたいつものカクテルを吸い上げた。オレンジの酸味が舌を痺れさせる。美味しい。美味しいけれど――ひどく虚しいのはどうしようもない。
ふと、何気なく店内に視線をやって――私は息を止めた。
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