ろうそくを吹き消したら

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「じゃあ、俺、こっちだから……」  自宅アパートに向かう路線に乗り換えをすべく、別れようとした。だが、直樹は勝弘の話を一つも聞かずに、再び手首を掴んで、勝弘を引きずっていく。 「ちょっと、どこ行く……」  そのまま、家に向かうのとは逆方向の電車に乗せられる。直樹の家に行く方向ともまた違っていたので、勝弘は首を捻った。  連れてこられたのは、新築とおぼしきマンションであった。最寄り駅の路線図を思い返し、それが直樹の通う大学のキャンパスにほど近いことを思い出した。  エレベーターに乗り、五階へ。ポケットから取り出した鍵で開けたのは、一人暮らしの部屋であった。 「大学入学を機に、一人暮らしを始めたんだ」 「そうか」  学生向けのワンルームマンションは、実家の直樹の部屋よりも狭い。きれいに掃除されている室内を、勝弘は見回した。  医学部の学生らしく、本棚にはぎっしりと、教科書が詰まっている。その隙間隙間に、漫画の単行本が挟まっているのが、中学生の頃の彼を髣髴とさせた。 「先生が、ラブドールを作ろうって思ったのは、その……妹さんの……」  飲み物を用意して、小さなテーブルの向かいに腰を下ろした直樹は、歯切れ悪く切り出した。  対照的に勝弘は、「そうだよ」とあっさり認めた。  妹に乱暴した犯人は、いわゆるオタクでコミュ障と揶揄される男だった。  同世代の女性には相手にされず、力のない女子中学生に狙いを定めた。  勝弘がAI制御のラブドール製作を志したのは、妹のような被害者を出したくないと考えたからだ。 「AIを利用することによって、理想の彼女を手に入れることができたら、こじらせた変な奴が減るんじゃないかと思って」  だから、優れたAIだけではなくて、人間の肉体に近い触感の素体が必要だった。  そう考えたときに、真っ先に浮かんだのは、一瞬で脳裏に焼きついた、直樹の裸身だった。  勝弘は直樹の頬に触れる。子供っぽいあどけなさはなくなったが、指にしっとりと吸いつく滑らかさは、やはり極上の肌だ。 「この肌を、忘れたことはない……いや、それだけじゃなくって」  声が詰まった。想いが溢れ出るとき、涙が零れるのだということを、勝弘は知った。  記憶の中、「好きだ」と伝えてくれた直樹の目が、黒々と濡れていた理由がわかる。 「直樹」 「はい」 「六年間、待っていてくれて、ありがとう」 「……はい」 「俺も……俺も、好きだよ。ずっとずっと、好きだったんだ」  近い将来、たくさんの人を救うであろう直樹の手が、勝弘に伸びてくる。  一瞬だけ、六年前の中学生の手だったなら、どんな風に自分に触れたのだろうと思った。  
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