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ベッドに入ることに難色を示したのは、勝弘の方だった。
まだ明るいし、それに恋人になってすぐにベッドインするのは、早すぎる。
ぐちゃぐちゃ言う勝弘を、
「俺は六年も待ちました」
と、直樹はキスで黙らせた。
触れてきた唇は、少しだけ乾いていた。天然ものか、ケアを怠らないからか、普段の彼の唇はつやつやと潤っているので、緊張がリアルに、接触面から伝わってきた。
(童貞が、無理しちゃって……)
微笑ましく思っていると、繰り返し、小さく音を立ててキスをされる。
軽い口づけは、スキンシップの延長線上だと思えば、どうということはなかった。
黙って受け入れていると、油断した勝弘の唇を割り、直樹の舌が入り込んでくる。
柔らかな肉同士が触れ合った瞬間、勝弘はひっ、と舌を奥に引っ込めて、逃げた。
追いかけてくる直樹の舌からは、情熱を感じた。稚拙なテクニックを愛情でカバーしようというのか、唾液で口元がべとべとになっても、気にせずにキスを続けた。
穴に入れて、掻き回す。主語や目的語をなしにしてディープなキスを表現すれば、セックスとほぼ同義だ。
「っ、んん」
直樹の胸を、小さく押した。勝弘の言いたいことを汲んだ彼は、ちゅ、と軽い音を立てながら、唇を離した。
貪り合うようなキスで、身体は熱くなっているのに、頭は冷めた。
怖い。理性を飛ばしてしまえば、直樹が嫌がっても、無理強いしてしまうかもしれない。
直樹だって十九歳で、もう大人なのだ。子供の細腕じゃない。抵抗すれば、早々、勝弘に犯されたりはしないだろうが、心情的にやはり、彼とセックスをするのは無理だと思った。
「その、俺……やっぱり、ダメだ。直樹のこと、抱くのは……その……」
直樹がきょとんとした目でこちらを見る。大人の顔でキスをしていたのに、途端に子供のような顔に、鮮やかに変貌する。
「抱く……?」
「いや、その、するんだろ? セックス」
どうも話が噛み合わなかった。
先に、「ああ、そういうことか」と合点がいったのは、直樹だった。
にやりと浮かべた笑みは、悪い男にしか見えず、ピュアな中学生の顔しか知らない勝弘は、思わずそのギャップに見惚れた。
そのまま長い指で、勝弘の顎を掬い上げ、上向きにする。
「俺は一回だって、先生に抱かれたいと思ったこと、ないです」
極上の微笑を前に、勝弘は絶句した。
一度としてない。すなわち、あの天使のように可愛らしかった頃から、直樹は勝弘に劣情を抱いていたということか。
(……駄目だ。想像力の限界)
いやいやいや、と勝弘は首を横に振った。
「冗談だろ」
言いながら、勝弘は脚をぎゅっと閉じてガードに徹した。
「冗談を言ってるように、見えます?」
見えない。でも冗談であってほしい。
「だって俺の方が年上だし」
「関係ないですね」
「背だって高いし」
「六年前ならいざ知らず、今どうですか。五センチもないですよね」
誤差です。
さらっと言い切った直樹は、勝弘の膝に手をかける。そしてそのままぱかっと開き、隙間に自分の身体を入れ、密着する体勢を取った。
こじ開ける方が有利なのは明白だが、あまりにもたやすくガードを破られたので、勝弘は唖然とする。
そんな勝弘の驚きを、表情から読み取ったのか、直樹は自分のTシャツを捲り上げた。
(え、えげつな……!)
意外なほどきれいに割れた腹筋を見せつけられる。
「先生がいなくなってから、俺、部活に入って鍛えたんです」
と、楽しそうだ。
勝弘は、自分の筋肉との差を思い、愕然とする。
「……先生」
至近距離で、美しい真顔で見つめられると、勝弘の心は揺れる。
「あのとき、俺と付き合わないでいてくれて、ありがとう」
「直樹?」
「たぶん、六年前にあなたと恋人になってたら、俺、先生の優しさの上にあぐらをかいて、何も経験せずに大人になってさ、先生を幻滅させてたんじゃないかと思う」
勝弘への辛い恋情を忘れるために勉強に励み、部活にも入部して、運動にも打ち込んだこと。
部活を通じて、かけがえのない友人ができたこと。
勝弘の知らない六年について、直樹は屈託なく話す。
その姿を見て、勝弘は胸がじーんと熱くなる。
「こうやって、先生に自信を持って触れられるのも、堂々としていられるのも、全部先生のおかげです」
彼がイベントで、多くの女性の注目を集めたのは、容姿や経歴のためではなかった。自分に自信がある男は、こんなにも魅力的なのか。
勝弘は、身体の力を抜いた。触れた部分から、直樹は変化を感じ取り、不思議そうな顔になる。
子供と大人の狭間にいる彼を、勝弘は抱くことができない。遠い記憶の中の、あどけない子供を、穢すことはできない。
それなら、相手に触れてもらい、抱いてもらうというのは理に適っているのだ、と言い訳をした。
そう、一度だけ。
一度セックスをしてしまえば、きっと子供の幻は消えるだろう。それから勝弘が、直樹を抱く側に回ればいいじゃないか。
「今日のところは、お前の好きにしていいよ」
勝弘としては、「今日のところは」の部分を強調したつもりだったが、直樹にはうまく伝わらなかった。
彼はぱっと明るい表情を浮かべ、次に目を細めた。愛しくて仕方がない。そう、全身で訴えかけてくる。
「好きです。大好き。勝弘先生……」
耳朶を掠める口づけとともに捧げられる愛の言葉を、勝弘は素直に受け入れる。
勝弘は、人差し指を直樹の口に押し当てた。にっと笑って、挑発する。
「先生じゃ、なくしてくれよ」
煽られた青年は、雄の目をして、勝弘に覆いかぶさってきた。
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