3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
文:嶋田美由
絵:遥
自分は自分の事を悪人だと思っている。
遅刻なんて当たり前。雨が降ってたら休むし、晴れてたら反対の電車に乗る。
心の中ではいつでも誰かをディスってるし、getterでは罵詈雑言の嵐。けれども、それを面白がってフォローしてくる奴がたくさんいて、気付けばフォロワーが2000人を超えていた。
自分の思考が他人を侵食して、他人もみんな悪人になっていく・・・フォロワーが1000人を超えた頃から、そんな事を思う様になった。
日に日に増えていくフォロワーの数に、もしかしたらと黒い希望を見出し始めている。
ブブっ。
スマホが震える。
getterのメッセージ受信を知らせるバイブだ。
道の端により立ち止まると、スマホを起動させる。
≫聞いて下さい
ダイレクトメッセージに、ただ一言、そう書いてあった。
すかさずメッセージを送る。
≫どうぞ。
すぐに返信がある。
≫昨日の事なんですが・・・
そう前置きがあり、用意していたのか、やけに長い文を数分間に渡り受信し続けた。
≫昨日の事なんですが・・・
そう打ち込んだあと、私はメモ帳に書き留めた言葉を次々と送信した。
了解はとった。
向こうは迷惑なんて思っていないはずだ。だって、自分でそういう話を集めているのだから。
夢中になって送信を続けていると、軽い衝撃と共に頭の上から声が降ってきた。
「おっと、大丈夫?」
「は、はい、すみません・・・あ」
「あれ、君は・・・」
「昨日の・・・」
合コンに来ていた男の人だった。
かっこよくて、嫌味がない優しさで女性陣の心を鷲掴みにしたその人だった。
かく言う私も惹かれた。だって、周りにこんな男性がいた事無かったから。
それなのに数合わせだからと言って、この人は誰ともペアを組もうとしないので、合コン自体は微妙な空気で終了したのだった。
「なにか熱心に打ってたみたいだけど?」
「あ、えっと、あの・・・これは・・・」
「歩きスマホは危ないから気をつけて。って、まあ、僕もたまにやっちゃうんだけどね。ははっ」
茶目っ気たっぷりのその言い方に、私は思わず吹き出す。
「なんだ、ちゃんと笑えるじゃない」
「え?」
「笑ってる顔の方が良いよって話。会社、この辺りなの?」
「あ、はい」
「それなら、また会えそうだね。じゃあね」
私の返事を待たずに、彼は去っていった。
送られてきた内容はこんな感じだ。
『合コンの人数が集まらず、人数合わせだと無理矢理つれて行かれ、その上「私より目立つな」「適当に飲んで食べてろ」などの指令が出る。
そもそも行きたくないのに連れてこられた上に、なんでそんな事言われないといけないのだ。』というもの。
特に念入りにかかれているのは、合コンに連れ出した女の事だった。すでに悪口という範疇を越えて、呪詛となっている。
「・・・おもしろ」
おもわず口から笑いとともにそう漏れた。が、すぐに笑いを引っ込め、スマホをポケットにしまうと、喫茶店を見つけ、迷うことなく店の中へ入っていった。
窓辺の席に陣取ると、ホットカフェラテを注文した。
これのために生きていると言っても過言ではない。
ホットカフェラテを飲みながら人の悪口を聞くのは、今自分が唯一感じられる安寧なのである。
カフェラテが運ばれてくるのを待ってから、再びスマホを起動し、メッセージを最初から読み直した。
「あれ・・・?」
しかし、それは、途中までで終わっていた。
すでに最後のが送信されてから、15分は経過してるのに、だ。
もう一度頭から読み直してみる。
黒々としていて、それはそれは深い闇の中にいることがうかがい知れる。しかし、最後までスクロールしても次が送信されてくることはなかった。
その日の夜、フォロワーが2500人を突破した。
「別れよう」
付き合って3ヶ月。
彼が私の部屋に泊まった日の朝だった。
「・・・え?」
起きたばかりの私の頭は、彼の言葉を理解できずにいた。
「別れよう」
偶然会ってからというもの、ちょこちょこと会うようになり、彼の「付き合おうか」の言葉で男女の関係になった。
それから、3ヶ月。
まわりにばれないように・・・しかし、ちゃんと愛を育んで来たはずだった。
「・・・どうして?」
ようやく絞り出した言葉は、ひどくかすれて弱々しかった。
彼は私を見る事なく身支度をし、こう言った。
「なにか違うんだよ」
「違う? ・・・どういうこと?」
ネクタイを締め終わった彼が、くるりと私を振り返る。その目はひどく冷たくて・・・私はぶるりと震えた。
「君じゃない」
きっぱりとしたその口調は、私という存在を否定した。吸血鬼が朝日にあたりさらさらと灰になるように、私の存在も消えていくように感じる。
さらさら、さらさら。
消えていく。
さらさら、さらさら。
私が・・・消えて・・・いく・・・。
ブブッ。
スマホが着信を知らせた。
道の端により立ち止まると、スマホを起動させる。
≫大分間が空いてしまいましたが、続き、いいですか
≫どうぞ。
≫私はイケメンが大嫌いです。
話が続くと思って待ってみたが、返信が来ないので、自分の返信を待っているのだと気づく。
≫それで?
≫あなたは男性ですか? 男性ですよね?
≫好きなように判断して。性別なんて、あってもなくても世の中は変わらないよ。
また、返信が止まる。
(言いたくなければそれでいい・・・)
スマホをポケットにしまい、歩き始める。
もうすぐ目的地、という時、バイブが着信を知らせた。
道の端によりスマホを起動する。
そこには、自分が待っていた文がずらずらと並んでいて、バイブは数秒ごとに震え続ける。
くるりと目的地に背を向け、喫茶店に入った。
私は許さない。許せない、あの男が。
そして、あの女も許さない。私を無理矢理合コンに連れ出した、あの女。あの女だけは・・・。
今日、あの女は会社を辞めた。寿退社だった。その上、妊娠3ヶ月だった。
問題は、その相手だった。
よほど自慢したかったらしく、彼女は片っ端から相手の写真を見せてまわった。私もそれを見せられ、そして、衝撃を受けた。
彼が写っていた。
それはそれは仲良さそうに。
その瞬間、心は機械のように冷静になった。
(今、3ヶ月ということは、私と同じ頃に付き合い始めたのか)
他人事のように自分の境遇を見つめる。
心が凍った。
何も感じない。
ただ・・・さむい・・・さむい・・・・・・さむい・・・・・・・・・。
≫今日は、ポストにセミをいれました。子供は喜んでいました。今日もいいことをしました。
未だにあのアカウントから、ダイレクトメッセージが飛んでくる。
このところ間隔が短くなって来ているのは気のせいではない。
「・・・ふふ・・・」
彼女からメッセージが来ると、笑いたい衝動にかられる。できれば大声で、まわりの目なんか気にせず大笑いしたい。
でも、自分は悪人だ。
悪人は悪人らしく、ひっそりと黒い希望を広めていくまでだ。
彼女に返信した。
≫君にとってはグッドエンディングかい? バッドエンディングかい?
それからメッセージは二度と来なくなった。
その日、フォロワーが3000人を超えた。
最初のコメントを投稿しよう!