昨夜の私に好奇心は捨てろと言いたい

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 ドンドンドン、カラカラ、ピーヒャララ  どこからともなく聞こえてきた祭囃子に奏恵はまどろみながらどこかでお祭りでもやっているらしいと知る。しかし、このあたりで祭りをやるなんて知らせがあっただろうかと疑問に思うと同時に、心地よいまどろみは遠ざかっていった。すっかり眠気が冷めてしまったようだ。明日も学校なんだけどなあと思いながら寝返りを打つ。そして、ふと目を開けた。  今何時だっけ?  開いたスマホのディスプレイには丑三つ時が表示される。暗闇に慣れた目にディスプレイの光は眩しく、顔をしかめながらももう一度意識を外へ向けた。やはり聞こえる祭囃子は少しずつ大きくなっているようだ。  こんな時間にお祭り?  奏恵が住んでいる場所は都内でも古い家も残り住宅街しかないような場所だ。そのため夜通しやるような大々的なお祭りは催されていない。ならばあの音はなんなのか。一度気になると確かめずにはいられなかった。  眠るために消した電気をつけ、カーテンを開ける。窓に映る自分の寝間着姿を通り越し、夜闇の中を覗き込む。すると、ぼんやりとした小さな灯が遠くの方に見えた。窓越しではよく見えないと窓を開け、ベランダに出る。奏恵の部屋は、一軒家の二階に位置し、ベランダはちょうど玄関側、つまり通りに面している。通りといっても、車がやっとすれ違えるほどの小道だ。ベランダの手すりによりかかるようにして通りの奥を見てみると、灯はいくつもあるようだ。祭囃子はどんどん近づいてくる。待っていたら目の前を通りそうだ。そう思った奏恵は明日の学校のことも忘れてわくわくした気持ちで待っていた。しかし、近づいてくるにつれて何かが変だと気づく。提灯の灯だと思っていた灯は不自然に揺れ動いている。そして、その提灯の灯で照らされる物がとにかく異様だったのだ。どう見ても人間の見た目ではない。サーカスの大名行列よりずっと奇妙でおどろおどろしい。気づけばその軍団はすぐ近くまで迫っていた。月明かりの下、掲げられた灯は提灯ではなく火の玉だ。そしてその火の玉にほのかに照らされるのはこの世のものではない何か。  悲鳴をあげることすら忘れ、呆然とそれらが目の前へ迫るのをみる。先頭には人間がいるようだった。いや、人間ではない。黒髪の隙間から頭に二つ、額に一つのツノが生えている。着物姿に下駄を履き、腰には日本刀を穿いている。見た目では一番まともなはずなのに、彼がこの一団を率いているのだとすぐにわかった。それほど恐ろしく、威圧感がある。その後ろには二階に届きそうな大きな何かもいるのに、そちらよりもずっと恐ろしいのだ。  鬼だ  ほとんど直感的に奏恵は思った。同時に短い悲鳴が漏れる。とっさに口元を抑えたものの、その鬼には聞こえてしまったようだ。鬼の目がこちらを向いた。 「ひゃあっ!」  後ずさった瞬間、足を引っ掛け体が傾いた。強かに打ち付けたお尻が鈍く痛む。 「いったあっ……」  お尻をさすり痛みをやり過ごそうとするが、受け身も取れず尻餅をついてしまったため明日には青あざになっているかもしれない。  そういえば、と外へ目をやると、さきほどまであんなにも騒がしかった外がすっかり静まり返っている。そおっと立ち上がり、通りを覗き込んでみるも、そこには先ほどまでの一団は影も形もない。まさか幻でも見ていたのだろうか。それともこれは夢なのか。奏恵が首を傾げてみるもそれで先ほどの出来事が解明されるわけではない。鬼を思い出すとぶるりと震え上がる。  明日は学校なんだから、早く寝なきゃ。  きっと寝ぼけていて幻を見たのだ。  自分自身に言い聞かせるようにしてベッドへ潜り込んだ。無理やり目を閉じて先ほどの恐怖をやり過ごす。今にもさっきの鬼が家の中に入ってくるのではないかと思うと怖くて怖くて仕方がなかった。あの腰に穿いていた刀で殺されるかもしれない。  考えれば考えるほど恐怖を煽り、結局明け方にようやく少し眠ることができた。  翌日の学校は案の定寝不足で登校することになる。 「どおしたの?すごい隈だよ」  友達に笑いながら心配されるも、それほど酷い顔なのは朝っぱらから母にも言われているため知っている。鏡でもばっちり確認済みだ。校則により化粧禁止の高校なのでコンシーラーでごまかすこともできず素直に醜い顔を晒して登校してきたのだ。授業中に寝ることはもはや決定している。 「ちょっとねえ。なんか昨日怖い夢見てさ」 「へえ、どんな夢?」 「なんか、化け物みたいなのとか鬼が列をなして家の前を歩いていく夢。火の玉とかも飛んでたし、何より先頭にいる鬼がすっごく怖くてさあ」 「へえ、なんか百鬼夜行っぽいね」 「ひゃっき?なにそれ」 「百鬼夜行。妖怪漫画では定番だよ!妖怪たちの大名行列!それをまとめるのが妖怪の大将なの!すっごくかっこいいんだから!」  途端に目を輝かせ、ずずいと迫ってくる友人に顔を引きつらせる。お分かりだろうが、彼女はオタクなのだ。本人曰く、漫画は日本の文化なのだから日本人が堪能して何が悪いということらしい。漫画はもちろん読むものの、彼女ほど熱く語ろうとは思わない。彼女にこの手の話は禁句だったかと思いながら適当に相槌を打って聞き流すうちに朝礼のチャイムがなった。彼女は話足りなさそうに、また後でねと言っていたが、どうやって躱そうか。  担任が入ってきて朝礼の挨拶をする。そのあとは代わり映えのしない注意事項や近々行われる行事についてだったり委員会についての話があるのだが、今日は違った。 「急なんだが、今日転校生が来た」  誰もが目を剥き驚きに声が上がる。騒然となる教室内では、男か女かどんな子だとそれぞれが好き勝手に話し出した。それを先生が手を叩くことで注目を集めた。 「はい静かに。紹介するから大人しくしとけ。じゃあ、入ってこい」  前方の扉が開かれ入ってきたのは学ラン姿だった。男か、と男子からはあからさまに残念がる声があがる。反対に女子からは黄色い声が上がった。しかし、奏恵はそのどちらでもなかった。ぱっかりと開いた口。見開かれた目には黒髪の少年の姿が映る。その少年の姿には見覚えがあった。  鬼っ!?  前の学校の制服だという学ランを着た少年の額にも頭にもツノは見当たらない。昨日は古風な着物姿だったが、制服を着ていると普通の少年にしか見えない。しかし、その顔はまがいもなく昨日の鬼と同じ顔だった。  驚きすぎると人間の思考回路は停止するらしい。気づけば彼の自己紹介は終わり、黒板には教師が書いたらしい彼の名前が記されている。「鬼頭 宏臣(きとう ひろおみ)」頭文字の鬼の文字に愕然とする。  やっぱり鬼? 鬼なの?  先生に指示され教室の一番後ろにいつのまにか備え付けられていた机へ向かう鬼頭を呆然と眺めていると不意に目があった。キツネのように鋭い目が細められた。そして彼の薄い唇が引き上げられる。  その笑みにぞくりとした何かが背筋を這い上り体を震わせた。悲鳴をあげなかったのは奇跡に近い。  やっぱりあの時の鬼だ!!  なんで鬼が普通の学生をしているのかとか、ツノはどうしたのかとか、それとも昨日の鬼は幻だったのかとかいろいろと頭を悩ませているうちに朝礼は終わり、男子生徒は転校生の鬼頭の元へ群がり出す。鬼頭はにこやかに自己紹介を聞き質問に答えている。その姿からはとても鬼には見えないが、先ほどの笑みを思い出せば迂闊には近づけなかった。  よし。とにかく近寄らないようにしよう。  奏恵がそう決意するのはそう時間はかからなかった。  しかしその決意が崩されるのも早かった。 「ねえ、君。昨日、あったよね?」 「へあ?」  ぽかりと口を開けて見上げた先には、先ほど近寄らないと決意したはずの相手がにこやかに奏恵を見下ろしている。 「昨日、会ったよね?」 「え……」 「えーっ、そうなの!?奏恵も隅に置けないなあ!それって運命みたいじゃん!」 「いやいやいやいやっ!?」 「また会えて嬉しいよ。奏恵チャン」  わざとらしくちゃん付された自身の名前に顔を引きつらせる。相手が発しているのはとても有効的な雰囲気ではない。それなのに周りは気づかないらしく、恋の始まりかと囃し立てている。対する奏恵は蛇に睨まれたカエルのごとく固まり動くこともできなくなっていた。  できるなら昨夜の自分に好奇心にかられて外をみるんじゃないと言いたい。 「これからよろしくね」  直訳すると逃げられると思うなよ、である。  いいなあと羨ましそうにしちえる友人と今すぐ代わりたいと心底願いつつ、善人面して差し出された手を拒むこともできず大人しく握手を交わすのだった。
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