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「それでは、中の様子は見えなかったのね」
珠玉姫が尋ねかけると、藪蚊介は彼女の前にひざまずいて「御意」と答えた。
さっきはタメ口だったのに、役目の報告時は違うのか。しかも怪しい相手を見張りに出ていたんだ。この妖怪は相当キモイけど、やる時はやるじゃん。
「拙者はあの車に見覚えがあります。数日前から栢山家の周りをうろうろしておりました。そして今日も」
鈴鳴は、庭の竹垣を指差した。その先には隣家の塀があり、家一軒へだてた先には細い車道がある。
「何が目的か調べてやろうと近づいたら、しっかり気配を消して行ったにもかかわらず、いきなりエンジンをふかして逃げて行きました。できる相手と見受けました」
うはっ、鈴鳴も異変に気づいていたんだ。しかも数日前からだって。珠玉姫も何かを感じていたようだし、何も気づかなかったのはあたしだけかぁ? あれやこれやに気をとられて、外で何が起こっているのかなんて全然頭になかったよ。これは大反省しなくちゃ。
「そうとうに修業を積んだ人間らしいわね。藪蚊介、手筈は?」
「抜かりなく。相手の車に、虫飼わずの虫を送り込みましたぞよ」
虫飼わずの虫? 虫って――昆虫よね。それを車に送り込むとは、いったい何をすることの?
驚いて目玉を白黒させていると、そんなことも知らないのねと、珠玉姫に横目で笑われた。ひーっ、悔しい。これでもあたし、研修生時代はトップの成績だったんだよ。
「知らなくて当然、これは実務の裏技テクニックだもの。式神の妖怪が使う虫飼わずの術など、稲荷神様の天学塾では教えないものね」
「虫飼わずの術……ですか。初めて聞きました」
「知りたい?」
珠玉姫は頬っぺたの片側をつり上げて、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
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