昔々のそのまた昔

3/3
42人が本棚に入れています
本棚に追加
/161ページ
 内善は白みゆく空を仰いだ。赤銅色の頬を、はらはらと涙が伝う。 「わかっております。しかしながら、敵の追跡がこれで終わったとは考えられませぬ。敵が欲してやまぬ八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)は、いまだあのお方の手元にあるのです。いずれは敵方の呪禁師が放つ式神が、そのありかを探してくるでしょう。もしもそうなれば、あのお方の存命が知れてしまいます。あのお方を、未来永劫お守りするにはこの方法しかありませぬ」 「そうじゃな。しかし内善よ、くれぐれもぬかるな。これより我殿が行う業は、自ら進んで式神となり、我殿の霊能力を何倍にも強める業じゃ。栢山(かやま)家呪禁術秘伝中の秘伝じゃが、万に一つでもしくじれば、我殿は人の心を失って悪鬼となってしまうぞ。そうなれば我殿は現世に留まれなくなる。真っ逆さまに地獄へ落ちてしまうことになるぞ」  内善はゴクリと息を呑んだ。しかしその眼差しには、強い光が宿っている。 「決して、しくじることなどいたしません。さもなければ、死んでいった殿(との)ばらに顔向けができませぬ。それゆえどうかお婆さまも、私がとどこおりなく業を達成し、たとえこの身は人の世からかき消えても常にあのお方の傍にあり、敵の呪禁術をはね返す存在となれるように願ってくだされ」 「うむ、こちらも栢山家の術を尽くして願おうぞ」  内善は、祖母に向かって深々と一礼した。 「いざ、さらばです」  内善は祖母に背を向けると、足早に集落をあとにした。そして走る。走りながら呪禁の祝詞を唱え始めた。 「高天原(たかまのはら)神留(かむづま)()八百万神等(やおよろずのかみたち)よ、どうか願わしゅう申し上げ奉る。何とぞ私の願いを、どうかお聞き届けくださいまするよう……」  唱え続ける祝詞はしだいに熱を帯び、怪奇な言葉を含むものとなった。そして駆け続けるその足は、山へ踏み入ると同時に速度を増してゆき、ついには風を追い抜く速さとなった。 「八百万神にどうか、どうか願わしゅう。私を、黄泉比良坂(よもつひらさか)の住人とし……」  内善は走りながら抜刀した。草を薙ぎ切り、その太刀筋でつむじ風を巻き起こした。ちぎれた草が渦を巻いて舞う中、唱えられる祝詞は大声の絶叫へと変わった。そしてついに内善の姿は、深い藪の中へと溶け込んで消えた。
/161ページ

最初のコメントを投稿しよう!