呪禁師は、けっこう危険な職業なのです

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 しかしながら沙耶の場合は、普通の人間とはかなり話が違う。  彼女は十分に与えられている。それは彼女が、今生で霊能力を思う存分発揮し、人々の役に立つことを天界から期待されているからだ。  ところがどうしたことなのか、現在はその高い霊能力がほとんど使えない状態にある。  強力な眼力を持っているにもかかわらず、沙耶の目は霊的にオフの状態で、視覚で霊の姿を捕えることができない。  そして聴覚。沙耶は霊的な難聴に陥っている。しかも重度の。天界から使用を許された宝玉を耳に装着することで、やっと霊の声を聞くことができる。ただしそれも守護霊であるあたしの声だけだけれど。  おっとっと。二人の位置関係を眺めるうちに、やたらと物思いが長くなってしまった。意識を本日の呪禁に戻そう。今日の祈祷は除霊だ。  神棚から数メートル離れた所に、ひなびた座布団がふたつ置いてある。本日最初の相談者はそこに座っている、五十歳手前くらいの男と、二十代前半のアゲハ系の女だ。  最初は親子だと思っていたが、それはまちがい。なんと二人は夫婦だった。 「それでは、事情をお聞かせください」  沙耶の問いに、五十男がおずおずと口を開いた。 「港の近くで、建築デザイン事務所を開いております滝川と申します。実は二ヶ月ほど前から、突然妻の様子がおかしくなりまして」 「おかしく? それはどのようにですか?」  沙耶の後ろであたしはコケた。  尋ねるまでもなく、見りゃわかるだろ。アゲ嬢は完全にいっちゃってるぞ。目玉は半分白目になり、口からよだれをたらしている。じっと座っていることができなくて、踊るようなしぐさで両手をひらひらだ。これが正常に見えるのなら、お前の頭がどうにかなってる。 6cb3d873-d354-4122-a1fc-9be726eb48af 「妻は、一日に数回こういう状態になるのです。そして私の事務所へやってくると、パソコンに保存しておいた業務上のデータを消してしまおうとするのです」 「まあ、それは大変ですね」 「それにくわえて、最近物騒な独り言を言うようになったのです。ボロボロにしてやるとか、アリサ、お前を殺してやる、とかです。ちなみにアリサとは、妻の名前でして。私たちは三ヶ月前に結婚したばかりです」 「うわぁ、新婚なんですね。おめでとうございます」  沙耶が笑顔で頭を下げると、滝川はどうにも困ったような表情になった。広間の隅に控える珠玉姫や式神たちも、こみ上げる笑いをかみ殺している。  おいおい、沙耶。確かに結婚は大吉だけれど、この場面で「おめでとう」は違うだろ。トクさんも、あきれた顔して見ているぞ。ちゃんとTPOを考えろって。
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