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「わかりました。とにかく祈祷をしてみましょう」
沙耶は滝川に背を向けると、神棚へ向かって二礼したのち合掌した。そしてそれからゆっくり二度柏手を打ったのち、少し高い位置に祀られた神鏡に視線を合わせた。
沙耶が視線を合わせた位置。それはちょうど、身長が百六十センチくらいの人の顔がある位置に視線を送ることになり、自動的に沙耶の後ろに立つあたしと、神鏡を通して見つめ合う形になるのだ。
沙耶は、合掌したまま動かなくなった。一分、二分。時間だけがゆっくり流れた。
滝川は合掌しながらも、露骨に不服そうな表情を浮かべるようになった。沙耶が無言で座っているだけで、護摩を焚くとか、場を清める湯立をするとかの儀式をいっさいしないからだ。
滝川は映画やテレビで見るような、大げさでインパクトのある祈祷を期待していたらしい。
しかし、不満げな客人には委細かまわず、沙耶はひたすらに神鏡を見つめ続けた。なぜならあたしと沙耶に、そんな見世物めいた儀式は必要ない。
要するに、二人が心から打ち解けて、うまくコミュニケーションできる状態になりさえすればいいのだ。
さらに数分の時間が経った。するとようやく沙耶の雑念が消え、波一つない湖のように意識が澄んできた。よしきた、このタイミングを待っていたんだ。
あたしは大きく両手を広げ、少しだけうつむく姿勢を取った。そして沙耶の黒サンゴのような瞳を覗き込んだ。
「おいで、沙耶。守呪クロしよう」
守呪共時性オーラ術へと導く。
これは守護霊である白狐の魂と、呪禁師の魂が完全に溶け合って一体化し、同時に呪禁師の肉体へ宿るという妖術だ。すなわち超高度な憑依、霊的なシンクロと思ってもらえばいい。それでは守呪クロすればどうなるのか。
算数の計算では、一たす一は二になる。ところが守呪クロの計算では、一たす一は二にならず、ざっと二十くらいになるわけだ。
例えるならば、高度なテクニックを持ったドライバーが守護霊で、ギンギンにチューンアップされた車が呪禁師と考えてもらえばいい。そしてその燃料がオーラ。つまりお互いが融合状態になることで、より高度で、強力な霊能力が発揮できるようになる術が守呪共時性オーラ術なのだ。場合によってはオーラそのものを砲弾状に変化させ、兵器化することだって可能だ。
「相手はちょいと手ごわいよ。お前とあたしの霊力を合体させて、悪霊をやっつけるんだ」
あたしは沙耶に向かって呼びかけた。だが、彼女にはあたしの姿は見えない。逆に呼びかけてしまったことで、沙耶の視線がウロウロと宙を泳ぎ出した。こりゃまずい。
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