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派遣の彼に恋してます
只今昼下がりの教室にて、進路相談の面談中。あたしたちは黒板近くの席に陣取り、ことのなりゆきを見守っている。
おい、沙耶。そんな顔をするなよ。頬っぺたがまん丸になってるぞ。もともとお前の顔立ちは下ぶくれ気味の完全脱力系なんだからさ。そんなにふくれるとお多福のお面そっくりだ。思いどおりに事が進まなくて、不機嫌なのはわかるけどさぁ。こらこら、そんなに唇を尖らすなって。それじゃあお多福じゃなくて、ひょっとこそっくりになる。お前も今年で十八歳。いつまでもガキじゃないんだからさ。
あたしの影護者である、沙耶が抱えているフラストレーション。その元凶は、彼女の隣に置かれたパイプ椅子に鎮座している女傑だ。
女傑の名は栢山トク、続柄は沙耶の祖母。もうかれこれ十五分間、トクさんはしわがれた声を張り上げて、パフォーマンス過剰気味に栢山家の歴史を語り続けている。
一方、相談机の向かい側では、三年一組担任の秋山純平が頭を抱えていた。名字が違うが、彼もトクさんの孫。つまり沙耶と彼は、母親が姉妹のいとこ同士ってわけ。
純平はグッタリと疲れ果て、机の上に開いたラップトップの画面をうつろな目つきで眺めている。机の上に広げた成績表や進学資料は、もはや役立たずの紙屑だ。
「まあ、文治一年に安姫様を栢山家にお迎えしてからの歴史、元寇騎馬魔王撃退編まではこんなものじゃ」
「それでは、お婆ちゃんは沙耶の進学には反対なのですね」
ようやくトクさんが一息ついたところに、すかさず純平が口を挟む。
「反対ではない。進学するのはかまわん。しかし、この地を離れることは許さんぞ。あと十年はわしのそばにおいて、しっかり修業をさせねばならんて。栢山家の後継ぎはこの子しかおらんからの」
「後継ぎなら僕らの母親たちがいるでしょうに。順番なら、そっちが先でしょう」
「それができればじゃ。しかし、残念ながらお前さんらの母親は、呪禁師に必要な霊的センスがまるでない。話にならんわ」
「だけどお母さんも、ちょっとしたお祓いくらいならやってるよ。わざわざ私が継がなくても……。それに私は、純平兄ちゃんとこの由美子伯母さんみたいになりたいの。自分の会社を持って、世界中を飛び回るバリバリのキャリアウーマンだわ。私も東京の大学に進学して、できることならそうなりたい。ねえ、だから呪禁師継がなくてもいいでしょう?」
「ならん。ダメじゃ」
トクさんはギロリと目を剥くと、孫の願いをあっさりとはねつけた。
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