派遣の彼に恋してます

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「よいかよく聞け。娘どもに家業を継がせなかったのは、なんの力もないからじゃ。わしに言わせれば無能の輩よ。平安時代から脈々と続いた、尊い家業を継ぐことなどできはせんわ。しかし沙耶は違うぞ。たぐいまれなる力がある。そんじょそこらの霊能者なぞ、沙耶の足元にも及ばぬ力がな。歴史じゃ。歴史が蘇ったのじゃよ。沙耶は、栢山家の歴史を継ぐために生まれてきた娘じゃ」  トクさんは両手を高々と掲げ上げて、天に向かって祈るような仕草をした。対照的に沙耶は、萎れた青菜のように机に突っ伏している。 「あーん、もう嫌。一生栢山家の歴史に縛られるなんてひどいわ。ありえないわよぉ」  背中がプルプルと震えたかと思えば、ついに沙耶の言葉に泣きが入った。情勢は限りなく不利。ほらほら純平、しっかりしないとやられちゃうぞ。可愛いいとこのために起死回生の一打を放てるか? 「沙耶は、県外の大学に進学を希望しています。成績もいいし、東京の有名大学にも楽々合格するレベルにいます。将来の進路だって、栢山家の家業に限定しなくても……」 「ならん。それはならんぞ。純平や、お前だってわしの孫じゃ。ならば、栢山家がどのような役目の家かを知っておろう」 「そりゃ知ってますよ。ここらで栢山の家を知らない人なんていない。だけど今時呪禁師だなんて。時代錯誤もいいとこです」 「呪禁師をバカにするのか? それとも信じられぬと言うか? 十歳すぎても寝小便小僧だったお前を、わしがたった一分の祈祷で治してやったことを忘れたか」 「ええっ。純平兄ちゃんが寝小便を! 十歳すぎでも……してたの? すごーいショック」  目玉をひん剥き、沙耶が机から顔をあげた。 「そこまでしてないっ! 九歳と七カ月で治った」  純平は頭を抱え込んだ。その様子を大笑いしながら見守る一団がいる。  男が二人に女も二人。そのうちの一人があたし。名は(さくら)。日本全国で稲荷神様として信仰されている、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)様に仕える十八歳の乙女だ。だけど仕えると言っても巫女ではないぞ。それどころか肉体を持った人間でもない。  そう、あたしは霊だ。しかも白狐と呼ばれる特別な霊だ。
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