派遣の彼に恋してます

4/10
前へ
/161ページ
次へ
「役者が違うぞよ。トク殿とやり合うには、もっと人生修業を積まねばのう」  今度は浅葱(あさぎ)直衣(のうし)を着た男が口を開いた。平安貴族風のこの男は妖怪だ。白粉でべっとりと顔を塗り、額にちょこんと描き眉をして、口には紅、歯は真っ黒にお歯黒を入れている。ああキモ。  この超キモルックス妖怪の名は藪蚊介(やぶかのすけ)。彼は鈴鳴の教育係兼、トクさん直属の式神だ。 「じゃが、純平が仕損じるのは、よいことでごじゃりまするなぁ」  藪蚊介に言われるまでもない。確かにそうなのだ。  仮に沙耶と純平の計画が成功し、沙耶が呪禁師になる道を放棄したら、あたしと鈴鳴はプーになる。同年代のよしみ、トクさんに押されっ放しの二人を応援したい気もする。だが、失業は困るって。もしもそうなってしまったら、稲荷神様に何と申し開きをしたらいいのよ? 「大丈夫。トクさんは海千山千だもの。かわいいヒヨコ二人がどんなに気張っても、あの婆さんは負けないわよ」  あたしの後ろで、グラビアアイドル顔負けの超グラマラスお姉さんが発言した。この女霊のスタイルも市女笠に壷装束、つまりあたしと同類の白狐だ。 「だけど、純平はしばらく見ない間にいい男になったわぁ。ねえ櫻姫、そう思わない?」 「あれが好みですか? 私にはどうも。目尻がトロンとたれ目ですし」 「あらあ、たれ目は好色の証しって言うじゃない。ジャスト・マイ・タイプ。ちょいと遊びたいな。ねえ櫻姫、今宵一晩トクさんの守護をお願いしてもいいかしら? 彼の夢枕に立ちたいの。私がいないと寂しいでしょうけど」  へへーだ、全然寂しくないっす。一晩と言わず、末長く行ってらっしゃいな。ずーっとあなたと一緒にいると、こっちまで色ボケになりそうですからぁ、と。うっ、いかん。  唇が動きたがってむずむずしてる。あたしはとっさに袖で口元を押さえた。心の内で思ったことが自然に口に出てしまう。これはあたしの悪い癖だ。 「冗談はお慎みください」 「いーいじゃない。うずくんだもの」  うずく! さて、このエロ発言をした白狐の名は珠玉(しゅぎょく)姫。あたしより十歳以上年上で、稲荷神様直属の女官となる。くわえてあたしの教育係兼、栢山トクの守護霊というポストだ。 「ねえ、やーぶーかのすけーぇ、行ってもいいかなぁ?」  こらこら、そんなに腰を振るな。女のあたしまで変な気分になるだろう。 「麿(まろ)はかまいませぬ。行ってまいられよ」 「さっすがぁ。百戦錬磨でこなれてる。話がわかるわ」 「ご注意めされ。あまりに楽しみすぎると、純平の精が枯れてしまいますぞよ」 「そうね。だけど、いったい何回くらい楽しめば枯れるのかしら?」
/161ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加