狂った絆

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以前に切り出した時には、雄大に阻まれた。あの時は響に捨てられて、茫然自失となって、半ば自棄で切り出した別れだったが、今度は違う。愛する人と未来を夢見るためのものだ。しっかりと目的を見定めてのものだ。その分、美奈の語調も意思も強かった。 「嫌だ、僕は君と別れるつもりはない。僕は君を愛してるから」  滔々と流れる水のように淀みなく言い切る夫に、美奈はこれほど不審感を覚えたことはない。 「嘘…。だったらどうして…っ、どうしてよりにもよって」 美奈と彼が愛を誓ったはずのホテルで、別の女と逢瀬を重ねるような真似をするのか。皆まで言いたくもない。言葉を途切れさせ、悔しそうに唇を噛んだ美奈の頭を掻き抱いて、雄大は美奈を説得しようと必死になる。 「弁解はしないよ、美奈。昔世話になった人の出向先があのホテルで…とか、僕にも僕の都合があったんだけど、それはいい。確かに君への配慮に欠けてた」  弁解しないと言いつつ、言い訳だらけの雄大が可笑しい。いつもこうやって自分は、懐柔されてきたのかと思うと、過去の自分もあざ笑いたい気分だ。 「いいんです、もう…。薫さんから、あなたと会ってたホテルの名前を聞いた時、私は、真っ先に響のことを思ってしまいました…。あなたが私と挙式したホテルで、浮気してたことに対する憤りより、響に会えるかもしれない悦びの方が、遥かに勝った。貴方は私を愛してないし、私も貴方に敬意も愛情も持てません。  こんな私達が、これ以上夫婦として共にある意味があるんですか?」  切々と美奈が訴えた直後、バン!と大きな音と振動が美奈を襲った。雄大が右の拳で美奈のすぐ脇の壁を叩いたのだ。握った雄大の指の関節から、血が流れ、白い壁を汚している。それでも拳を離そうとしない雄大が怖かった。 「随分、口が立つようになったね、美奈。ちょっと前までは、僕が何を言っても、何でも頷いてくれたのに。それも、彼の調教?」  雄大に下卑た笑みを向けられて、美奈の全身に怖気が立った。こんな笑い方をする人じゃなかったのに。彼を変えたのは自分なのか。 「僕は絶対に、別れないよ」  雄大の血走った目には、狂気の色が滲んでいた。
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