ひとときの別離

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 そんなやりとりを夫は知らないから、突如降って湧いたような彼の存在に、顔を(ひそ)めるのも無理はないのかもしれない。 「雄大くんのしたことがいいとは言わないけどね、でも男として気持ちはわかるよ。女はすぐに本気になる」 「あら、だったら私は美奈の気持ちの方がわかります」 「不倫だぞ。全くみっともない…」  今もまだ、腕を組んでぶつぶつ文句を言っている敏夫の腕に、妙子はそっと腕を絡めた。人前での臆面もない妻の行動に、敏夫は驚いて、妻の顔を見る。そんな夫の行動を愛おしむように妙子はにっこりと笑った。 「あなたがヤキモキしても、しょうがないですよ。子どもの恋の前には親なんて無力なものですから」  しあわせになって欲しい。願うのはそれだけだ。すっかり暗くなった辺りの闇と同化したような響の黒い車に一瞥をくれてから、妙子は夫と歩き始めた。
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