ひとときの別離

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 美奈が助手席に乗り込んでも響はなかなか発車しなかった。ハンドルに腕を乗せ、ぼんやりとしてる響が何を考えてるのか、美奈にはわからない。元々、彼の考えてることなんて、美奈には半分もわからないのだけれど。 「ひびき…?」  無為に流れる時間と沈黙に耐えかねて、美奈は彼の名を呼ぶ。  閉じ込められてから4日。薄暗い部屋の中で、何度も焦がれた姿がそこにある。やっとふたりきりになれたのに、もっと迸る情熱を彼から感じたいのに、すぐ傍にいる響は、普段と変わりない調子で美奈の方を向いた。 「ん?」 「き、すして…」  美奈が自分からねだってしまうと、響は彼の背後の建物を振り返る。まだ車は雄大の家の前に横付けされたままだ。  リビングのブラインドは既に全部降ろされているが、雄大が何処かから彼らの姿を見てるかもしれない。そんな逡巡を刹那、響は見せてから、運転席から身を乗り出し、美奈の顎に手を掛けた。  触れられるだけで、キュッと胸が締め付けられる。じんわりと身体が内から火照ってくる。美奈の理性もモラルも押し流し、狂わせてしまえるのは彼だけだ。  親指で響に唇をなぞられて、美奈は心持ち口を開ける。その隙間に響の唇が入り込んできた。美奈の唇の上下を響の唇で挟まれるようにキスされる。響の匂いも温度も感触も。もっと感じたいと思ったのに、すぐにその唇は離れてしまった。 「じゃ、美奈の家に行こうか」  あっさりした響の言葉に態度に美奈はショックを受ける。  やっと会えたのに。どうしてそんな冷たいんだろう。雄大を傷つけて、身内を心配させて。それなのに、彼に再び出会えたことが至上の幸福みたいに思えてしまう身勝手で罪深い心。 「もっと響の傍にいたい…」
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