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次の日。
美奈の身体を掻き抱いて眠ってた響は、奇妙な感触で目が覚めた。自分の腕を置いてた美奈の腹部がもぞもぞと動いてる。最初は錯覚かと思ったが、違う。
「み、ミーナ」
なんとなく不安になって、隣で眠る彼女の肩を揺さぶった。
「お腹…変じゃない? 動いてるんだけど」
そう言うと、美奈の方がきょとんとしてから、くすくすと笑い始めた。
「響、初めてだった? これねえ、胎動。あかちゃんが動いてるんだよ、お腹の中で」
「えっ、もう?」
病院に行く度に見せてもらうエコー写真だと、まだまだ人間なんて呼べないような不可思議な生き物なのに。
「いつもはもっと微かな振動なのに。今日は激しいかも。昨日、響が散々荒らしたから、驚いてるのかな」
「……」
そりゃどうも、すみませんね。つうか、そこ俺のモノだったのに、勝手に入り込んだ挙句、居座ったのはそっちなんじゃ。まだ見ぬ我が子に甚だ大人げないことを思ってから、美奈の腹部に手を当てて、もう一度生命の証を感じようとする。
けれど、何故かその後はピタリとやんでしまった。
「寝ちゃったかな…」
「かもね。あー、いいな、気持ちよさそう。俺もミーナの中、入りたい…」
両手を腰の前で組んで、美奈の肩に顔を埋める。そういえば、美奈の匂いも少し変わった。甘いミルクの香りが、もう漂う。心が落ち着く匂い、懐かしい母の匂いだ。幸せな気分に酔いしれて、響はゆっくり目を閉じた。
(忘れ花 完)
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