3911人が本棚に入れています
本棚に追加
/206ページ
「響…寝ないと。明日は…」
さっきの眠そうな瞳から一転、急に鋭くも艶やかな視線で、美奈の肢体を射抜く響の視線から逃れるように、美奈はベッドの上で身をよじらせた。
でも、すぐに背後から彼の両腕に捕まってしまう。美奈の項に軽くくちづけてから、響は囁いた。
「明日、行っちゃうんでしょ? ミーナ。挿れたりしないから、このままミーナの身体、抱きしめさせてよ」
「……」
ああ、同じ思いでいてくれてるんだと、嬉しくなった。
明日から美奈は里帰りのために、一時響と住むこのアパートを離れ、都心の実家に帰ることになっている。
美奈の出産予定日はちょうどお盆時期のまっただ中で、ホテル業を営む彼の実家、並びにそこで働く彼は、出産の大事に美奈を恐らく優先出来ない。美奈自身も初めての妊娠出産で心もとないため、産前産後は自分の実家に厄介になることにしたのだ。
それが自分の身体とお腹の赤ちゃんのためにも、響のためにも最善であると頭では理解していても。
(離れるのは寂しい…)
一度別れて再会して、その後も夫ある身だったから、一方的に響が姿を消したり、無理やり夫に引き離されたり、いろいろな苦難があった美奈と響だ。乗り越えてきた日々を思えば、離れて暮らすのはたった3ヶ月のことだし、しかも休日には響は会いに来てくれると言っている。
それでも心はこの腕から、離れがたいと泣いている。
美奈はくるりと身体を反転させて、響を向かい合う形になって、彼の胸板に手を置いた。
「浮気、しないでね…」
女性誌か何かで読んだことがある。妻の出産前後に夫が浮気するケースは多いのだと。人が命がけで命を産み落とそうとしてる時に、男は何をしてるんだろう…と記事を読んだ時には憤りを通り越して呆れたが、いざ自分がこうして彼の側を離れなければならなくなると、響の心も身体も繋ぎ止めるものを何ひとつ持たないことに気づいて、さざなみのような不安が美奈のうちから押し寄せる。
真摯な願いを告げると、「はっ」と薄笑いが返って来た。
最初のコメントを投稿しよう!