夜を越えて

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美奈にとっては、意を決した、それこそ清水の舞台から飛び降りるような思いでの告白だったのに、それを聞く側の雄大の反応は、実に淡々としていた。表情ひとつ変えずに、雄大は言ってのける。 「知ってたよ、美奈」 「え?」  美奈はぽかんとしてしまう。自分の裏切りを雄大は知っていたというのだ。知っていて、これまで何も言わず何もせず、放置していたと? 「君に僕以外の恋人がいるだろうことは何となくね。なんせ僕も同じことをしてきたんだから。  で、君はその恋人とどうするつもりなの。どうなりたいの。その彼は僕から君を奪うつもりなのかな」 「……」  美奈は黙って首を横に振るしか出来ない。響にそんなつもりはないだろう。「好き」とか「愛してる」の一言さえ、美奈は彼からもらってない。  響と自分の間には『過去』と『現在』しかなくて、『未来』がつながってないことに、よりにもよって雄大に気付かされるなんて。悔しさに下唇を噛み締めた美奈に、雄大は更につけ込んだ。 「君の過ちは僕は許せると思うよ…というか、許さなきゃならないだろう? 美奈は僕と薫のことを許したんだから」 「……」  雄大と自分のこの価値観の乖離は一体何なのだろう。まるで言語の違う相手と話してるようだ。  許した覚えなんかない。雄大が詭弁で押し切っただけだ。悲しくて諦めて、絶望の先に縋ったのが昔の恋人の腕だったのだと言ったなら、自分の非を雄大に転嫁してるに過ぎなくなってしまう。 「心が寄り添ってない女と、共に生きるのに、あなたは虚しさを感じないんですか…?」  ぶはっと雄大が美奈の質問に吹き出す。 「美奈は本当に可愛いねえ。一対の夫婦が寄り添い手を携え、お互いだけを見て生きるには、結婚という制度は長すぎる。…と、僕は思ってる。だから、なるべく先延ばしにした。40年も50年も夫は妻を、妻は夫だけを見て愛して生きていくなんて土台不可能だとは思わないかい?」 「だから、私の過ちも許すと…?」 「僕は薫とは別れたよ。あの日以来、彼女と性交渉は持っていない。僕が君をいちばん大切に思っているのはわかっただろう?」  美奈の頬に手を当てて、雄大は噛んで含めるように言う。彼の言う理屈がわからないわけじゃない。けれど言葉が美奈の心に染み入って行かないのは、考え方が隔たり過ぎてるからか、美奈の心が彼から離れてしまったせいなのか…。  雄大の顔を見つめたまま、固まってしまった美奈に、雄大はキスをして、静かに、けれど有無を言わせぬ調子で命令する。 「誰と付き合ってるか知らないが、その人とは別れなさい、いいね」
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