訣別

2/7
3911人が本棚に入れています
本棚に追加
/206ページ
喧嘩の発端は響が大学の友達と行ったスキー旅行だった。最初の計画を聞いた時に、女の子も一緒という話を聞いて、美奈は嫌悪を示した。出来たら、行ってほしくない、とも言った。  宿泊先の部屋は大部屋に男女入り乱れての雑魚寝状態らしくて、余計に美奈の不安を煽ったのだ。 「全員友達だから、何もないよ」  と響は美奈の不安を杞憂だと取り合ってくれなかった。でも、と食い下がる美奈が面倒になったのか、次に会った時には計画は変更、野郎だけで行くことになった、と言っていたのに、やっぱり女の子も一緒だったことが、響が旅行から戻ってからわかったのだ。  あんなに嫌だって言ったのに。しかも嘘までついて行くなんて。ありったけの美奈の怒りと悔しさをぶつけたのが、「嘘つきっ」だった。  ワンルームのアパートの小さな炬燵の卓上に、灰皿と美奈のためのミルクティーを持ってくると、響はのんびりと煙をくゆらせた。 (話するんじゃなかったの?)  美奈はじれじれした思いで、響の淹れてくれたミルクティーに口をつけた。コーヒーが飲めない美奈のためだけに、響は紅茶の茶葉を置いてくれてる。繊細で細やかな気遣いが出来る人だと知ってるだけに、何故あんな風に美奈の感情を逆なでするようなことをするのか、美奈には理解出来ない。 「ミーナ」  灰皿にフィルターを押し付けて、響は漸く弁解を始めた。 「ごめん。嘘吐いて。ミーナに嫌な思いさせるくらいなら、嘘ついた方がいいのかなあ…って。でも、ほんっとに。一緒に行った子は友達だし、同じベッドで寝ても、何もない…ってか、ありえないし」 「で、でも万が一…」 「海外行くのに、飛行機が落ちるかもしれない。その万が一を恐れて、船で行く奴いる? 俺にとっては、そのくらいありえないことなの! ミーナは俺を信じてないの?」 「……」  力説されると、口下手な美奈はうまく自分の思いを伝えられなくて、唇を噛み締めて黙ってしまう。  何かあってもなくても。響を信じてる信じてないの問題じゃなく。  響が他の女の子と何処か行ったり、ふたりきりになったりするシチュエーション自体が嫌、なんて。 (こんなこと言ったら、きっと引かれちゃうよね…)  黙りこくったままの美奈に、響は残酷な言葉を吐き出す。 「ミーナって、潔癖だよね」  まるで悪いことみたいに断定されて、もう美奈には自分の気持ちを伝える気力も言葉も無くなった。 (響が好きってだけなのに、好きになりすぎちゃいけないのかな…)  初めてまともに付き合った相手との距離の測り方が美奈は苦手だったし、響もまたそんな美奈をフォロー出来る程には大人じゃなかった。  好きなのに、苦しい。好きだから、苦しい。  響も同じだったのかもしれない。少しずつ、少しずつ、気持ちがずれていく。  響の就職活動も忙しくなって、会わない日々が増えて行く。すれ違う心と時間。無理に会えばぎこちないまま別れるか、ケンカになってしまう。 (潮時なのかもしれない…)  美奈は別れを告げるために響を呼び出した。
/206ページ

最初のコメントを投稿しよう!