ひとときの別離

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ひとときの別離

 今日のところは美奈は両親の元に帰る事になった。 「お互い、頭を冷やした方がいいでしょ」  と、妙子に仕切られては、雄大も返す言葉もなかった。何より、美奈が彼とふたりになるのを極度に怯えてしまっているのだ。幾ら嫁がせた娘であっても、監禁まがいのことをされては、親としても連れ帰らざるを得ない。 「私たちは電車で帰るから、あんたは響くんに送ってもらったら? どのみち、そのカッコじゃ電車乗れないでしょ」  男物のパーカーを羽織っただけの美奈に、妙子が言う。父の敏夫は不満そうだったが、「行くわよ」と妙子は響との別れの挨拶もそこそこにすたすたと歩き出す。 「いいのか?」  敏夫は未だに娘の不倫相手を認められない。離婚と不倫は別物だ。不満気に妙子に聞いて、響の助手席に残ったままの娘を未練がましく見遣った。 「いいも悪いも私たちが決めることじゃないでしょ。それに…」  今朝、妙子の前に突然現れた響の様子を妙子は思い出していた。  ~☆~★~☆~★~  突然現れたから訪問販売の男かと思ったら、切羽詰まった顔で彼は言った。 「ミーナを助けてください」  美奈の元カレだと思い出すのに時間が掛かった。時々美奈を家まで送りついでに家にあげ、お茶やコーヒーなど振る舞ったことはあったが、あの頃は彼は気楽な学生だった。  随分面変わりしたと妙子が感心し、半ば見惚れてる内に、響はとんでもないことを言い出したのだ。「ミーナが監禁されてるかもしれない、と」 「まさか」と右手を払って否定しながら、妙子はそれまですっかり忘れていたあることを思い出した。  美奈が電話で泣きながら、響と関係を持ったと懺悔してきた時のことを。 「え、あら、でも確か…」  もう会えない、と美奈は言っていたはずだ。それにこのところは雄大との仲も落ち着いてるように見えたのに。別れたのではなかったのか? 何故また?  いろんなことを問いかけるような妙子の視線を響は真っ直ぐに受け止めて、言ったのだ。 「僕が悪いんです」  かいつまんで、響は美奈との経緯を妙子に説明する。美奈と一度は別れたこと。美奈と挙式したホテルで雄大が別の女と密会し、美奈の心も体も裏切ったこと。そして再び、美奈と自分が関係を持ってしまったこと。美奈も自分も、共に歩いて行きたいと将来を望んでいること。  説明は明快で、冷静で、それでいて美奈への愛情と響の成長がうかがえた。それに何より、見せられた動画に驚き戦いて、妙子は響に協力すると約したのだ。
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