3910人が本棚に入れています
本棚に追加
/206ページ
愚かしい愛情
駅のホームで、電車を待つ間に、美奈は炭酸水を1本買った。普段なら滅多に飲まないが、まだ喉奥に残る異物感を別のもので紛らわせたかった。
ぷつぷつと泡立った液体が喉を刺激しても、やっぱり気持ち悪さも嘔吐感も晴れないのだが…。
ふらふらと電車に乗り込む。既に11時を回っているのに、車内に空席はなく、美奈は窓際に立って、スマホを確認する。
夫の雄大は、会社を出るとき、必ず美奈にメールをしてくる。そのメールからきっかり1時間での帰宅。美奈が夫の浮気を疑いもしなかったのは、その律儀なメールと帰宅時間のせいもある。
あの女が教えてこなかったら、今も彼を信じていたのだろう。今となっては、その方がどれだけ幸せだったか…と戻れない昨日を、美奈は喉から手が出るほどに渇望した。
「勝又雄大さんの奥様ですか?」
先週の金曜日。美容院を出たところで、美奈はそう声を掛けられた。相手は、自分よりふたつみっつ若いくらいの女だった。
(誰だっけ…?)
小首を傾げても、見覚えもなければ、心当たりもない。
長い黒髪を真っ直ぐに胸元まで下ろし、真っ白いシャツとヒップラインのはっきりしたストライプのタイトミニの女性。ゆるっとした五分袖のニットと、ロングスカートの美奈とは、まるで対照的な女だった。
最初のコメントを投稿しよう!