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エピローグ
「俺今、離れられないから、ここで待ってて」
気ぜわしげに言って、響は美奈の手に部屋の鍵を載せた。部屋番号の書かれたキーホルダーのついたレトロな鍵。
そして、パンフレットの館内図にマジックで線を引く。二棟に分かれてるみたいだが、それほど複雑な作りではないから、美奈にもすぐにわかりそうだった。
「…うん」
「食事は?」
「電車で食べてきた」
「了解」
事務的な会話も妙に照れくさいのは、美奈がこのあとのことを色々想像してしまうからだろうか。
部屋は最上階のふたつのうちのひとつだった。二間続きの和室があって、バルコニーがあって、しかもバルコニーには丸い檜の風呂までついてる。
(広っ…ってか、いいのかな? この部屋)
眺めの良さと部屋の広さに言葉を失う。
大体、響は「ちまい宿」と以前に実家の宿をそう評していたが、ちっともちまくない。宿泊約款や館内のパンフレットを暇つぶしに見ていたが、総客室は75もあるし、設備もしっかりしてる。
ちょっと気後れしてしまう。まさか、このあと家族に自分を紹介したりしないよね? そんなことは何も考えずに電車に飛び乗った自分を悔やむ。
(あー、どうしよ)
客室中央の卓袱台に突っ伏して、美奈が悶々としていたら、響が入ってきた。仕事は終わったのか、私服に着替えて、手にした漆塗りのお盆にはお皿がふたつ載っていた。
「何やってるの、ミーナ」
「いやあの自分の考えなしを省みてる?」
「ああ」
と響は頷いて、美奈の隣に座る。
「ミーナって、そうだよね。思い込んだら脇目も振らないし、人の忠告聞かないし」
「…どうせ」
「好きだけどね、そういう真っ直ぐなとこ」
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