百度参りで願う事

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与作は今日も今日とて山道を上っていた。目的地はこの山の守り神といわれている神が祀られている社だ。山の中腹にある与作の家から二十分程歩いたところにある。 季節は春。山道沿いの木々は青々とした葉を揺らし、どこかからはケキョケキョと若い鶯が鳴くのが聞こえる。長い冬を終え、そこら中に生命力が満ちているのがわかる。 与作の家に春はまだ来ない。 秋の終わり頃から、与作の家には病が蔓延し始めた。最初に父が、その次に上から二番目の兄・与助が罹り、祖母、姉、妹、祖父、母、弟、長兄、と次々と倒れていった。父と祖父母、そして与助は冬の間に呆気なく死んでしまった。 冬を越せた者も、治る気配は一向に無い。 家族の中で、罹っていないのはは与作だけだ。与作は一人ぼっちになってしまうのが怖くてたまらなかった。去年の春は、家族全員で社の近くの開けた場所に座り、花見をして賑やかに過ごした。花見だけではない。今思えば日常の些細な事がいかに幸せだったのかわかる。生活は貧しく決して楽では無かったが、家族との生活は暖かかった。 できれば永遠にそんな時間が続けば良い。家族みんなで健康に、末永く暮らしたい。 二手に分かれた山道の右を行けば、鳥居と社に続く階段が現れる。上るのは今日で何度目であろうか。 与作は昨年末から毎日欠かさずこの社にお参りしていた。母が倒れて数日経ってから吹雪の日も欠かさず、毎日だ。 登り切ると鳥居と、大人の背丈より少し大きいくらいの小さな社がある。古いがそれなりに綺麗に整えられている。与作が時々手入れをしているからだ。階段を上って切れていた息を落ち着けると、賽銭箱の脇にある竹筒に、道中で摘んだ花を供える。賽銭はしばらくできていない。毎年冬は稼ぎが乏しいが、今年の冬は稼ぎが一切無かった上に薬代などで出費が嵩み、家に自由にできる金銭は無くなってしまった。なので与作はせめてもの気持ちで道草の草花を供えていた。 「神様」 手のひらを合わせて、目をぎゅっと瞑り、切実な願いを呟く。 「みんなの病気がよくなって、みんな一緒に…ずっと健康に暮らせますように」
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