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階段を上り終えると、与作は息も絶え絶えだった。途中で何度も休憩を入れて、やっとのことで上り切ったのだ。あの頃はすぐに整えられた息切れも、この年ではなかなか治らない。
社はすっかり朽ち果てていた。倒壊寸前といったところだ。与作一家がこの山を出てから、手入れをする人間がいなかったのだろう。
与作はなんとか社の前まで来ると、賽銭箱に銭を入れた。
「今日で百日目だ。願いを叶えておくれ」
「呼んだ?」
降ってくる声。
見上げれば社の屋根に、美女があの日と変わらぬ姿で腰掛けていた。
「…良かった。ちゃんと出てきてくれた」
与作はホッと息をついた。あの社にあの時と同じように百度参りしたところで、女神が出てきてくれるかの確証はなかった。なにせあの日から月日は流れ、社は朽ちかけている。
「あれ、あなた驚かないのね」
女神はわざとらしく驚く。
「前に会っているからな…」
「あら。そうだったかしら?」
んー?と女神は首を傾げしばらく考えると、目を見開き手を打った。
「あなた前願いを叶えてあげた、みすぼらしい少年ね!団子っぱなの!」
与作は笑ってしまった。幼い時は気にしていた団子鼻も、今は全く気にならない。
「こんなおじいちゃんになってしまって…」
「あの日から九十年以上経っているからな…」
「そんなに経っていたのね。のんびりしていたら、気づかなかったわ。」
彼女はゆったり伸びをしながら聞く。
「それで前回は何を叶えてあげたのでしったけ?」
「家族全員の病がよくなり、ずっと健康で暮らせますように、と。」
「きちんと叶っていたでしょう?」
「ああ。そうだ。貴女様は願いをきちんと叶えて下された。ただ…きちんとされすぎていたのだ。…家族はみな健康に過ごしている。母は今年…百三十五歳だ。病にも何も罹らない、罹る気配もない。」
「あら、素晴らしいじゃない。」
「幾ら何でも人間の理を外れすぎている!」
与作は杖を投げ出し、女神に縋り付いた。
「母は近頃はずっと苦しみ、寝たきりになっている。病にかからなくても体は年月を経て劣化し痛む。それに何より、人間は永い時を生きるような心を持っていないんだ。自分がいつまで生きるのか、不安で、苦痛で、現実から逃れたいんだ…。わしは、自分の死を待ち望みながら、眠るしかない母が哀れでしょうがない」
与作の瞳からは涙が流れていた。
「ふーん。人間って大変なのねぇ」
女神は自分の足にすがりつく与作を見つめ、ため息をつく。
「でも、私には人間の感覚は全然わからないわ。神様だもの。」
だからね、おじいちゃん。と女神はすがりつく与作の手を握りこむ。
「今度はちゃんと願ってちょうだい。」
「以前叶えてくださった願いを解いてくれ。生き続けるのは怖いんだ。わしらは自然な生をまっとうしたい」
「…そんなことでいいのね?叶えてあげましょうね」
女神は笑った。
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