第一章

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 男は半券を摘まみ上げると、いきなりガソリンライターで火を放ちマジシャンがするように宙に放り投げた。呆気に取られてしまって僕はそれが床に落ちて燃え尽きるまでただじっと眺めていることしか出来なかった。  男は足下の燃えカスを踏み潰した。僕のことを見据えて、あまりにも執拗で念入りに磨り潰すものだから、まるで自分が足蹴にされているかのような錯覚に陥る。実際に痛みのようなものを感じている気になってくるから不思議だ。  男は歌舞伎の見得を切るようにして僕を睨み付け、ゆっくりと眼帯を外した。眼球が根こそぎ抉り出されてどす黒く開いた穴を僕に見せつける意図は何となく分かった。深入りするとこういう目に遭うぞ、という無言の警告だろう。  男がこうやって悪党の正体を曝け出し、これほど激しく反応するわけだから、ユズルはかなり危険な状況に追い込まれている可能性がある。  取り敢えず、この場から逃れなければ、ユズルを見つけ出す前に僕が地中に埋められるか海底に沈められてしまいそうだ。 「分かりました。何も見ていないし聞かなかったことにしろ、ってことですよね?」  僕の声は滑稽なほど震えていたが、これは演技ではなくリアルな反応だった。恐怖で局部がリアルに縮み上がっている。  男は意地悪い笑みを浮かべて鼻先で頷いた。 「俺は何も言ってないですよ。ただ、馬酔木通りは色々とややこしいから余所の人には水が合わないんじゃないかな。長居していたら、ろくなことにはなりませんよ」  それまで通り穏やかな口調だったが、ボディーブローのようにズシンと腹に効いた。僕は誰にともなく一礼し大慌てで喫茶店から駆け出した。
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