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僕の後から入ってきたバンダナ帽に眼帯の男は鼻を摘む仕草で真っ直ぐにテラス席にやって来た。偶々目が合って軽く会釈すると、彼は満面の笑みで僕の隣に座った。相手になりたくなかったが、それを伝える気力が僕には残っていなかった。
「亀田神社の裏に藪があるでしょう? あれは市の所有地でね。遊ばしておくのは勿体ないから新地にして有効利用しようって話があったんです」
彼は座るなり話を始めた。関わりのない話を聴かされるのは今の僕にとって拷問のようなものだ。
「ところが、妙な連中が横槍を入れてきたんです。何でもあの藪で生きた化石みたいなダニが発見されたらしくて。その化石ダニは生物史的に貴重なんだから保護しようって運動が広がって、それに同調する若いもんもいてね。結局、計画は頓挫。それだけじゃなくて」
ふと顔を上げると、エプロンの男が店の中からこちらをじっと見詰めていた。
「連中は声高には言わないんだけど、その太古のダニには毒があるらしくて、それが他の虫にも感染して、ここらのハエや蚊にも毒があるって噂なんです。あくまでも噂なんだけど、マスターみたいに心配しちゃってる人も結構いるんですよ」
エプロンの男つまりマスターが何時の間にか僕の背後に立っていた。燃え盛る炎のような血走った目で一点を見据えている。彼の視線の先にはアロハブリーズが停まっていたあの駐車場があるだけだった。
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