プロローグ

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 ユズルの作るスープはフォーラム主催の試食会で高い評価を得て豆田神社の夏祭りに出店することになった。境内の露店ではあるが一般のお客さんに有料で料理を振る舞うのだから立派な商いであり成功すればユズルにとって大きな自信となるだろう。  しかも豆田神社の飾り神輿が十六年振りに復活することもあって大勢の観光客が見込まれることから三百食分を準備するので実際に起業したときの全般的な段取りを忠実に予習できる。ユズルはすっかり商売人気取りで中華街や業務用スーパーを巡りレシピの検討や食材調達の準備に余念が無かった。  僕はと言うと、引っ越しによって一緒に過ごす時間が増えるだろうと期待していたのに起業の件で逆に会えない日々が続いていて意に染まない。それに加えて馬酔木通りの先住民たちのユズルを見る目も相変わらず気になる。ノイローゼとまでは言わないが、悪い方向に神経が過敏になっているのは確かだった。  そんなとき、ユズルから意外な内容のメールが届いた。夏祭り当日は馬酔木通りに近付くなと言うのだ。理由は僕が傍に居ると思うと気が散って商売に専念できなくなりそうだからというものだった。僕は会社を休んでユズルの手伝いをするつもりでいたので面食らってしまったが、何だかんだ言ってもユズルのチャレンジが成功することを最優先に考えているのでユズルの申し出に従うことにした。  夏祭り当日は不必要な仕事まで故意に抱え込んで遅い時間まで残業した。帰宅して独りになると、例えば、ユズルが他の誰かと仲睦まじくしている様やスープに異物を混入されてユズルが犯人に仕立てあげられている様子なんかを想像して悶々としそうだったからだ。僕は会社を出た後も繁華街をぶらついて時間を潰し、結局、家に着いたときには既に日付が変わっていた。
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