第二章

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 左田教授は僕の心中を見透かしているかのように、更にとんでもないことを言い出した。 「久茂さん。私と一緒に馬酔木通りを掻き回してみませんか? 汚泥の如く沈殿した歴史の闇を浮かせて掬い取るんですよ。事件が起きている今がチャンスだと思うんです」 「ごめんなさい。歴史、それほど興味ないし・・・・」  この人の目を見ていると、何も無い所にも無理やり事件を手繰り寄せてしまいそうな危うさを感じる。 「それと、事件が起きているって、一体何のことですか?」  左田教授は不思議そうに僕のことを二度見した。 「集団死ですよ。耳に入っているでしょう? 例えば事件現場が豆田神社に限定されていれば比較的推理も楽なのですが、そうではないみたいです」  故意なのか無意識なのか分からないが、この人はいちいち恐怖心を煽るような言葉をチョイスする。 「食中毒のことを仰っているのですよね?」 「食中毒というのは誰をやるかは毒任せって場合に用いる言葉ですよ。馬酔木通りの場合は精巧な織物の如く対立と憎悪が交錯していて誰もが誰からか恨みを買っている構図なわけで、つまり極論すると全員が殺し合っても不思議ではないような土壌があるということです」  単なるこの人の妄想であればよいのだが、ユズルのことが心配でたまらなくなってくる。 「それに昨年当選した新市長は潔癖症で有名なんです。商店街の津々浦々を毎週消毒させるくらいだからもう病気ですよね? 夏祭りはその市長の肝煎りで開催されたのですから衛生面については万全を期した筈ですよ」  商店街を執拗に清掃していたTシャツ軍団のあの強気な態度は新市長の後ろ盾があるからか、と僕は合点がいった。丹沢市を預かる市長自身が犬将軍的な曲者となると、馬酔木通りのカオスは益々手が付けられなくなってくる。馬酔木通りと渡り合うには左田教授のような人物の手を借りるしかなさそうだと僕は考え始めていた。
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